女の買い物は長いらしいと聞いていたが、聞きしに勝る長さだった――否、長さだ(忌々しいことに、今も続いているので過去形に出来ない)。おまけに居た堪れないこの状況。
「? 一方通行、どうしたじゃん? 元々もやしなのに更にげっそりしてるじゃん」
「…………ウルセェ」
頬杖をつきつつ、一方通行は椅子の脇の方に置いておいた缶コーヒーを飲む。
「そうじゃんー?」
どうでも良さそうに呟いた黄泉川はまた元の店に戻っていく。その後は、今日何十回と聞いた、きゃっきゃという笑い声だ。

 良くあるショッピングモールの良くあるテーブル1つ、椅子2つの休憩所の一つに、一方通行はいた。ちなみに一方通行が座っている椅子と対になっているもう一つの椅子には、買い物袋が山と積まれている。
(…………クソッ)
学園都市最強と色とりどりのパステルカラーの袋は、どこまでも不似合いだったが、一方通行は舌打ちをするだけに留めていた。さっき苛々のあまり足で椅子を蹴ってしまったせいで、椅子の上の山が崩れて中身が飛び出し、三角形の何かがこんにちはしてしまったのを彼なりに反省していたのである。
(…………メンドクセェ)
このショッピングモールは何を思ったか天井も壁面もガラス張りで、外がどうなっているか一望できる。青い空、白い雲――夏真っ盛りのどこまでも平和な外、が。
(ハァ……)
ため息がまた一つ口をついて出る。
「あーあーあーあー、サボリだっ!ってミサカはミサカはあなたのことを責めてみたり! あなたにも見て欲しいから早く早く、ってミサカはミサカはあなたを急かしてみる!」
目の前で仁王立ちしている少女が大声で咎めてくる。幸せが逃げていくのを一方通行は実感していた。


 元来、黄泉川も芳川も服装には無頓着だが、どうやら人を着飾ることについては話が別だったらしい。打ち止めがいつもの空色のキャミソールにミートソースを零して汚してしまったのが昨日。そして今日にはこの戦利品の山――当然、それは全て打ち止めの服だった。
「……オイ、こんなに買ってどうすンだよ」
ゆうに一ヶ月は違う服が着れるであろう量に、一方通行は毒づく。流石に杖をついている一方通行にその荷物の全てを持たせようとはしなかった三人だが、代わりにひょいとばかりにたくさんの袋を軽々と持った黄泉川に横に並ばれて、それはそれで複雑な気分になった一方通行である。
「どうする、って言っても……女の子なんだし、服はたくさんあって困るものじゃないでしょう?」
「毎日着せ替えするじゃん」
何を当たり前のことを、という顔で答えた芳川に、黄泉川が同調する。一方通行は少し二人の格好に目をやった後、ため息をついた。
「お前らもちょっとは気にしたらどォなンだよ……イイ大人だろォが」
かたやプライベートの外出時にもトレードマークのジャージ姿、かたや服装にはまるで無頓着と言わんばかりの洗いざらしのジーパンに、これまた色の褪せたTシャツ――二人ともそれなりの容姿をしているはずなのに、ある意味もったいないと言えなくもない。
「あら、キミのその服の趣味もどうかと思うけれどね」
「もやしに見えるじゃん」
「……死にてェみてェだなァ、お前ら……」
ゆらり、と拳を握る一方通行。それなりに見た目を気にしている彼にしてみれば、二人の物言いは言語道断だ。だがその実、ねーねーその服変えないの、と時々どこかのクソガキに言われていたりもする。
「つぎ、つぎはあれ見たい、ってミサカはミサカは指さしてみたり!」
さっきから機嫌良さそうに前を歩いていた打ち止めが上げた歓声に、握っていた手の力が抜けてしまう。気が削がれた一方通行が打ち止めの指差した方向に目を向けると、そこは一面、布地の面積が極めて少なく水に濡れることを想定して作られた例のやつ――所謂水着――の園だった。どうやらこのショッピングモールでは、バーゲンの真っ最中らしい。普段は何かのイベントに使われているのであろう広めのスペースに、所狭しと色々な水着がズラッと並べられた光景は、ある意味圧倒的だった。
「おー、いいじゃん。夏だ、プールだ、ニュー水着!じゃん」
「そうね、ついでだから買ってしまいましょう」
どうやらまだまだ買い物道中は続くらしい。同調する大人二人に、はァ、とこれ見よがしにため息をついた後、一方通行は待機するためのベンチを探し始めた。程なくして通路の少し先にそれを発見した一方通行はそちらに向かおうとして――前に進めなかった。
「ンだよ、クソガキ」
服の裾を捉えた打ち止めがそれを一生懸命引っ張っている。
「せっかくだから一緒に見ようよ、ってミサカはミサカはあなたを誘導してみる!」
「………………ハァ?」
意味が分からない、という顔で聞き返した一方通行に、打ち止めはキラキラした目を向けた。そのあまりの純真な視線に、うっ、と一方通行はたじろぐ。
「うみ行くんだよね、ってミサカはミサカはもう一回約束を確認してみたり!」
そうだった――数日前に散々駄々をこねていた打ち止めに生返事を返していた結果、いつの間にか一方通行は、打ち止めと来週海に行く、という約束をさせられていたのだ。学園都市の性質上外に出られるわけがない、とかわすつもりだった一方通行だが、何をどうやったのか最短手順で許可を取ってきてしまった黄泉川が、その言い訳を既に打ち砕いている。
「だったら水着、必要だよね?ってミサカはミサカは更に確認してみる!」
「…………あァ、そうだな」
気のない様子で答える一方通行に、言葉を更に重ねようとしていた打ち止めは頬を膨らませる。
「むー、もう良いもん!ってミサカはミサカは拗ねてみる」
いーっだ、と歯を見せた打ち止めは、そのまま水着売り場の方へ走っていってしまった。


「んー、これはどうじゃん?」
「……ちょっと際ど過ぎない? 子供なんだからもう少し、」
「これ、これはどうかな? せくしー?ってミサカはミサカは主張してみたり!」
「それはダメじゃん!?」
「何で子供サイズの水着がこんな奇抜なデザインなのかしら……」
三人の声が響いてくる。その声は特に大きいわけではないが、割とモール内が閑散としているせいか、よく響いていた。一方通行は苛々しながら、その声を流し聞く。別に聞こうとして聞いているわけではない。『たまたま』耳に入ってしまうのである。
「じゃあこっちはどうかな?ってミサカはミサカは意見を求めてみる!」
「さ、更に布地が減ったじゃん!?」
「もはや何がしたいのか分からない水着ねぇ……」
そもそも水着と言えるのかしら、という小さな芳川の呟き声。一方通行は水着売り場に目を向ける。どれもこれも何の変哲もない水着なので、それなりに派手で、それなりに分厚い生地で、それなりの露出度が約束されてしまうのだが――
「これ!これが良いよ!ってミサカはミサカは、」
「ぶっ!! これはもはや紐じゃん!」
ぶちん、と血管が切れる音が聞こえた気がした。ずかずかと歩いて、取り合えず手近にあった露出度の低そうな水着を引っつかんだ一方通行は、それを無理やり打ち止めに押し付ける。
「これでイイだろ、さっさと帰ンぞ、クソガキ!」
「え、ちょっと、何で引っ張るのってミサカはミサカは……」
打ち止めの言うことを無視して、一方通行はずるずると彼女を引きずる。取り合えず、行き先の海は流行らない、人の少ないところにしよう、そう思いながら。


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一方さんは打ち止めの露出度とかを気にしてれば良いんだぜ
女の子の服の趣味はそれなりに真っ当っぽそうなのに、
自分の服は壊滅的な一方さんに萌えるんだぜ……
年頃になった打ち止めに服をコーディネートされたりしないかな……しないかな……


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