悪いじゃん、と悪びれない声で言った黄泉川は、受話器越しにため息をついた。
『いやー、だまし討ちみたいにしちゃったから、ちょっと顔合わせにくいじゃん? っていうかさっき謝られた時にそっぽ向かれて若干傷ついたじゃん……一方通行、打ち止めと一緒に先に帰っといてほしいじゃん』
大人の理屈はいつでも勝手だが、黄泉川のそれも例外ではなかった。急にかかってきた電話に出たことを後悔しながら一方通行は頭をかく。あの子供と出歩くとロクなことがないし、今の自分の状態もある。さっき咄嗟に打ち止めを受け止めた時に能力を使ったので、バッテリーの残量も少ない。出来ればご免被りたいところだった。
「俺の状態分かってンだろォが。杖ついてンだぞ、杖。ガキのお守りしてる場合じゃねェだろ」
『そこは頑張れ男の子、じゃん?』
「あのなァ、」
要領を得ない押し問答をしていると、遠くから子供の間抜けな呼び声がした。入り口の方を見ると、こっちに駆けてくる小さな人影が見える。
「おーいおーい!ってミサカはミサカはあなたに呼びかけてみたりーーー!!!」
「オイ、テメェ黄泉川、騙しやがったな?」
『騙してはないじゃん? たまたま打ち止めが了承を取る前にそっちに向かっちゃっただけじゃん?』
「それが騙しってンだよッ!?」
苛々しながら携帯電話を切った時には、一方通行は軽い足取りで近づいてきた打ち止めに捕まってしまっていた。
「およ、休憩中?ってミサカはミサカはあなたに尋ねてみる」
「アー……さっきまで、な」
少し皮肉を込めて言ってみたものの、打ち止めには通じなかったらしい。ベンチに座った一方通行の傍らでニコニコと笑みを浮かべて立ってる。病院帰りに休むところとして選んだこの公園は、木陰が多い上に静かだった。あまり流行っていないらしく、二人の他に人影は見えない。
「杖、慣れない?ってミサカはミサカは聞いてみたり」
打ち止めの表情が少し曇ったように見えたのは、多分見間違いではないだろう。つい数週間前に負った傷のせいで、一方通行は杖が離せない体になってしまった。後悔はしていないが、自分が後悔していないのと彼女が負い目に思うか思わないかは別問題だ。
「別に、こンくらいハンデだ、ハンデ」
だから少しずつでも、気にするな、と言外に彼女に伝え続けるしかない。打ち止めはそれ以上何も言わず、一方通行の座っているベンチの隣に腰掛けた。少し彼女には高かったらしく、打ち止めはぶらぶらと所在無げに足を揺らす。
 こうして静かに休んでいる時に傍らに居ても邪魔にならない存在というのは、一方通行にとって珍しかった。最初からこの子供はそうだった。無遠慮に踏み込まれているはずなのに、何故だかそれが――心地良い。
「「…………」」
二人して黙り込んだまま、ぼんやりと木陰を作る木を見上げる。思えば、打ち止めと一方通行が送ってきたこれまでの日々はとても平穏とは言い難いもので、もしかしたらこんなに時間を持て余すのは初めてかもしれなかった。
「オマエ、」
しばらくしてから口を開くと、打ち止めがこっちを見上げてくるのが分かった。
「俺なンかといて、楽しいかァ?」
「うん」
迷いなく打ち止めは答える。どうしてそんなことを聞くの、と目が不思議そうに訴えていた。その視線があまりにも真っ直ぐだったので、一方通行は少し詰まってしまう。
「なら、イイ」
結局素っ気なく返す。けれど視線を逸らして話を打ち切ろうとした一方通行の袖を引くと、打ち止めは真剣な顔で呟くように聞いた。
「あなたこそ、ミサカといるの面倒くさくない?ってミサカはミサカはあなたに本当のところを聞いてみたり」
一瞬、周りの色が消えたかと思った。目の前にいる少女が、酷く不安そうな顔でこっちを見上げている。耳に届いた言葉を蝉の声が上塗りしようとして、けれど心に届いてしまった打ち止めの気持ちがそれを許さない。
 そう言えば、それなりに気持ちは伝えたつもりでいたが、肝心なことは何も言ってなかったことに気づく。

「今、」
「?」
「ネットワーク、繋がってンのか?」
「? うん? ってミサカはミサカは答えてみたり」
「切れ」
「え?」

 ちゃんと切られたのか、確かめるまで待てなかった。見上げてくる瞳が、驚きに染まるのが分かる。触れた唇は小さな子供のそれで、何だか悪いことをしているような気分になる。
 唇が重なっていたのは、多分ほんの数秒ほどだろう。そっと顔を離すと、打ち止めの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。その姿が一方通行を妙に気恥ずかしい気持ちにさせた。さり気なくごく自然にしたつもりだったのに、何だか手酷く失敗してしまった気さえしてくる。
「「…………」」
みんみんと煩いほどに鳴いている蝉の声が、今はありがたかった。
「オイ、帰ンぞ」
固まっている打ち止めを無視して立ち上がると、ギギギと音がしそうなくらいに不自然な仕草で打ち止めは勢いよくベンチから飛び降りた。
「は、ハイ!ってミサカはミサカは、」
「手と足同時に出てンぞ」
苦笑して手を差し出すと、打ち止めは嬉しさと照れと驚きをごちゃ混ぜにしたような顔で一方通行の手を握り返す。ぐちゃぐちゃのその笑顔は、木陰に光を落とす太陽より眩しかった。


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chase! chase! chase!のさり気なく続き。全然きゃっきゃうふふじゃなかった…!
しかしうち通行止めサイトの癖に、二人がちゅーしてる作品数えるほどしかないんじゃないのか?
…あ、でも微妙エロスは結構あるから良いか。。。
リリカルなやつが少ないだけデスヨネー!


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