あのガキが珍しく朝から起きだして(いたらしい、実際に目撃したのは自分ではないから分からないが)、あのガキが珍しく失敗なく料理を作り、あのガキが珍しくしおらしく、遊びに行きたい、などと言い出すので。
 まぁ気紛れに乗ってやっても仕方が無いだろう――外はいい天気だ。



 マンションのエントランスまで降りた時点で打ち止めは体を震わせた。
「さ、さむ! さむさむさむさむさむーーーっ! こんなにあったかい日差しなのに……ハッ、これはおひさまが全部あったかさを吸い取っちゃったからの寒さ!?ってミサカはミサカは驚愕してみる!」
早口でよく分からない理屈を並べ立てた打ち止めは、少し一方通行の方を伺うような顔で見てくる。一方通行はハァ、とため息を付きつつ――それでも部屋に戻ろうとはしなかった。朝から起きて弁当まで作っていたのだから、流石に寒いからと言って戻るのも酷だろう――尤もどこで食べるのかという疑問は残るが。
 薄着で出かけようとしたこの子供にコートを着せておいて正解だった。日差しは強いものの、試しに窓を開けてみた時点で結構な寒さだったのだ。外に出かけるなら厚着の一つも必要そうな気温である。
「オイ、行き先決めてンのか」
「んー、散歩!ってミサカはミサカは胸を張ってみたり」
「つまり決めてねェンか」
早くもウンザリした顔をする一方通行である。普段杖をつきながら歩いていることもあって、一方通行は必要のない遠出をあまり好まない。散歩のような宛のないただ歩きまわるだけの行為は一方通行が敬遠しがちなものの最たる例である。ただし保護者達からは『これだからもやしなんじゃーん?』と警備員のお前と比べるなと反論したくなるような物言いで笑われたり、『ヒキコモリは体に良くないわよ』とどの面下げて言うんだというような台詞をしれっと言い放たれたりしているわけなのだが。
「あ、あの……えぇと! えぇと! ほら、あれ! あれだよ!ってミサカはミサカは、」
口ごもりながら打ち止めは上を向いてウンウンと唸っている。そんな、明らかにどこに行くかすら思いついていない様子の打ち止めを、一方通行はさっさと追い越した。
「取り敢えず適当に歩きゃそのヘンに公園でもあンだろ」
振り返って言うと、一瞬きょとんとした顔をした後、打ち止めは嬉しそうに笑った。



 しばらくブラブラと宛もなく歩いていると、無駄に広い川原へ出た。人工的に作られているのか、何かしらの手が入っているのか、川の流れはやたらと綺麗だった。陽の光が水面に反射されてキラキラと光っている。
「ほへー、水面が綺麗だね、ってミサカはミサカはびっくりしてみたり」
「アー、そォ」
話しかけてくる打ち止めに適当に返しつつ、失敗した、と一方通行は舌打ちをする。打ち止めは気づいていないようだが、周りはカップル・カップル・カップル・家族連れ・カップル・カップル……オセロを始めれば圧倒的にカップルが勝利を収めるぐらいの空間になっていた。有体に言って酷く居心地が悪い。
(このクソ寒ィのに外に出てンじゃねェよ、物好きがァ……!)
自分のことを棚にあげつつ歯ぎしりをする一方通行である。とにかく一刻も早く離脱したい一方通行は、傍らの打ち止めに言う。
「橋の上寒ィだろォが、行くぞ」
だが返事がない。訝しく思って打ち止めの視線を追うと、仲良く手を繋いではしゃいでいる一組のカップルが見えた。じぃっと打ち止めは彼等に見入っている。次の瞬間、打ち止めの手がこっちに伸びてくるのを一方通行は慌ててかわす。打ち止めは不満そうな顔でポツリと呟いた。
「…………羨ましい、ってミサカはミサカは拗ねてみる」
(このクソ寒ィのにイチャついてンじゃねェよ、公害がァ……!)
あからさまな視線を向けると、一方通行に気付いたカップルが慌てて逃げ出した。それが学園都市第一位という彼のことを恐れてのことなのか、単に視線だけで射殺せそうな雰囲気をしていたからなのかは分からないが。
「ッと、」
ビュゥ、と風が吹いて、体が独りでに震える。冗談ではなく、そろそろ移動した方が良さそうだ。だが打ち止めは動かない。そっぽを向いたまま黙って水面を見つめている。
「オイ、コラ」
一方通行は打ち止めの手を掴むと、そのまま自分のポケットの中に突っ込んだ。打ち止めの手はすっかり冷えてしまっている。柄にもないことをやるものではないと思いながらも、一方通行はなるべく不機嫌そうな顔で打ち止めを見下ろした。だがそんな虚仮威しは効かず、彼女はにんまり笑って一旦手を離すと、勢い良く一方通行の腰に抱きついてくる。
「どうせなら両方!ってミサカはミサカはもう片方の手もあなたのポケットに突っ込んでみたり!」
「……歩きにくいだろォが……アホ、」
「んー、だからもうちょっとだけここにいようよ、ってミサカはミサカはあなたを説得してみたり」
打ち止めが一方通行を見上げてきて言う。だがこんな恥ずかしい状態でいつまでも人目に付くところに居るなど正気の沙汰とは思えない。一方通行は時計を確かめた。
「アー、あと3分な」
「10分!」
「……5分」
「15分!」
「増えてンだろォが、クソガキ!」
そうしてそのまま二人は何だかんだで都合30分ほど、その場にとどまり続けた。



 ちなみに弁当はデパートの屋上にありがちな小じんまりとした遊園地的なところで食べた。それが妹達の一人に目撃されていて、米粒一つまで残さず弁当を平らげる学園都市第一位の不機嫌そうな顔が大々的にミサカネットワークで披露されたのは、また別の話。


-------------------------------------------
白さんに『自分のポケットに打ち止めの手を入れるもやし』をリクエストしたら
なんとも幸せそうな二人が戻ってきたので、駄文をつけてみたよ!
……久々にほのぼのしたのを書いた気がする


inserted by FC2 system