一度目は事故だった。ソファーで眠っていた一方通行を起こそうとしたら躓いて唇と唇が触れ合ってしまった。まぁ漏れ無く歯と歯もぶつかり合ってしまったのだけれど。
 二度目は不可抗力だった。お風呂で逆上せたところを助けられて、目を開けたら一方通行の顔が間近だった。それからしばらく長風呂は禁止にされてしまった。
 じゃあ、三度目は……?


『まとも……それでは、全ミサカの中で上司が一番進んでいるということですか、とミサカ10032号は絶望的な台詞を呟きます』
『大変由々しき事態ですね、とミサカ10501号は戦闘準備をします』
『何故下着を履き替えるのですか、とミサカ13577号は不信の目を向けつつ外へ繰り出します』
『皆向かうところは一緒のようですね、とミサカ19090号は髪型を整えます』
半ば予想していたことではあるが、ミサカ達は相談に向かないらしい――特に恋愛ごとに関しては。すぐに話が脱線するし、すぐに皆出掛けてしまうので、全くまともな返答を貰えた試しが無いのだ(ちなみに打ち止めがミサカネットワークに相談を持ちかけた翌日は必ずと言って良いほどげっそりしたツンツン頭の少年が学園都市で見られるのだが、打ち止めはそれを知らない)。
『ねぇねぇ、ミサカの相談はどうなるの?ってミサカはミサカは声を張り上げてみる!』
『既に目標はお姉様(オリジナル)に拘束されているようです、とミサカ10032号はたった今入った映像を確認します』
『『『『『!』』』』』
『ねーぇー!!ってミサカはミサカは、』
『そんなものこちらから――――良いのです、とミサカ13577号は……ちっ、遅れを取りました! 直ちに追走します、とミサカ13577号は街の中を駆け抜けます』
最早誰も聞いてはいなかった。打ち止めは溜息をつくと、諦めてミサカネットワークから意識を離す。既にその時点でネットワークにいたミサカは半分にも満たなかった。
(あぁはなりたくないかも、ってミサカはミサカは人の振り見てわが振り直してみたり)
心の中でそう呟きつつ打ち止めが次なる話し相手を探してとことこと廊下を歩いていると、リビングの方から一方通行が歩いてくるのが見えた。一人でいる時はどこかしら気怠そうな、けれどそれでいて隙のない雰囲気を纏っている。まぁ一言で言うと、只者ではないオーラだ。
(……家の中でくらいそのオーラ止めて欲しかったり)
と、目が合う。
「な、何でメンドくさそうな顔で首を振るかな!?ってミサカはミサカは憤慨してみる!」
「俺はこれから寝るンだよ、クソガキ。邪魔すンな」
あからさまなため息をつきながら一方通行は言う。確かに頭をかいている姿はどこか眠そうでもあった。ほんの少しだけ、目が充血している気がする。夜更かしでもしていたのだろうか。
「ねーねー、ヨミカワとヨシカワは?ってミサカはミサカはあなたの眠気を吹き飛ばすために質問をしてみたり」
打ち止めは聞く。一方通行はリビングの方を振り返りながら答えた。
「さァな。リビングにはいなかったし物音もしねェからどっか出掛けたンじゃねェのか」
「えー……」
確かに家の中からは二人の話し声以外何も聞こえない。ミサカネットワークでお喋りし始めたのは30分ほど前なので、その後に二人は出掛けてしまったのだろう。大人二人がいなくて一方通行が寝てしまうとなると、打ち止めの話し相手は誰もいなくなってしまう。口を尖らせつつ打ち止めは更に重ねて聞いた。
「いつ戻ってくるのかなぁ、ってミサカはミサカは」
「そンなンアイツらしか分かンねェだろ」
「ね、寝るの?ってミサカはミサカは、」
「だからさっきからそう言ってンだろォが」
呆れた顔で一方通行は言う。自分の部屋へ戻ろうと歩みを再開する一方通行を、思わず打ち止めは引き止めた――一方通行の袖を引いて。
「…………なンだよ」
「あ、あの……」
訝しげな声音で問う一方通行に、打ち止めは答えられない。だって、どうしてそうしてしまったのか分からないのだから。最近こういうことが多くなった。一方通行が傍にいると、ふとした拍子に自分でも理解出来ない行動を取ってしまうのだ。
「……その、」
ごにょごにょと呟くように言って、打ち止めは一方通行の顔を見上げた。怒っていないかと心配したのだが、意外にもその表情から不機嫌さは読み取れない。
「……うるさくしたらソッコー追い出すからな、クソガキ」
しばらく黙り込んだ後、一方通行はそう言って部屋のドアを開いた。


 どうやら一方通行は疲れていたらしい。部屋に入って二、三言、言葉を交わしたと思ったら、すぐに寝入ってしまった。ベッドの中で寝息を立てている姿はいつものピリピリした雰囲気と違って、どこか年相応の色を残している。
「……眠ってるなぁ、ってミサカはミサカは呟いてみる」
そっと近寄って髪に触れてみても、一方通行が起きる様子はない。乗りかかったベッドがぎしり、と音を立てたのには少しドキドキしたが、それでも一方通行はほんの少し不機嫌そうに眉を顰めただけだった。
「………………変、かも、ってミサカはミサカは何だか良く分からなくて困ってみたり」
誰かと話したかったはずなのに、いざこうやって一方通行が寝入ってしまって喋る相手がいなくなってしまっても全然気にならなかった。何だかほっこりと胸の奥が温かくて、それだけで満足してしまえている。ただ眠っている人間の顔を見ていることがこんなにも飽きないことを、打ち止めは初めて知った。
(………………そう言えば、)
あまりまじまじと近くで見たことがなかったから気づかなかったけれど、一方通行は案外綺麗な顔をしていると打ち止めは思う。普段は眉間に寄せられた皺だとか乱暴な口調だとかそういったもので隠されているけれど。見下ろした一方通行の顔がもっと良く見たくて、打ち止めはこっちへ向かせるためにそっと頬に手を添えた。

『ねぇねぇ、どうしたらちゃんとまともにキスが出来るのかな?ってミサカはミサカは助言を求めてみたり!』
『そんなものこちらから襲ってしまえば良いのです、と』

 不意に、そんな言葉が脳裏にフラッシュバックする。
  (…………え、)
気づいてしまえば、顔と顔の距離は近かった――いつもとは比べものにならないくらいに。普段は頭一つ分以上上にあるその顔が、今は見下ろす位置にある。胸の鼓動がどんどん早くなっていくのが分かる。まるでスタッカートだ。心臓の音に合わせて耳鳴りが酷くなっていく。手が触れている頬の温度と、体中を駆け巡っている熱以外の何もかもが色褪せていく。
(………………)

 重力に引かれたように、引き寄せられるように、打ち止めは唇を寄せた。


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もう一個更新した方がめいっぱい自分の趣味全開だったから
……えぇと、すいません、こっちも自分の趣味全開だな(幼女が馬乗りになってちゅーしようとする辺りが)
ちなみにタイトルは多分『キスキスキス』と読むですよ(みさきクロニクル見てないけど)


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