曰く、恋は戦争――だそうである。



　一方通行は雪模様の空を見上げてため息をついた。鉛色の雲から落ちてくる雪は夜半と同じく大粒だ。辺りは一面真っ白で、自分の吐く息も白い。着ているコートも白なので、文句の言いようもなくホワイトバレンタイン……だった、まぁ正確には昨日のことなのだが。今日はバレンタインから一年で一番遠い日、2/15である。
（何とか逃げ切ったらしいなァ）
流石に１万人の妹達も、朝まであのクソガキの酔狂に付き合うほど暇ではなかったらしい。夜中まで続いた追いかけっこは結局一方通行の勝ちで終わったようだった。この手には誰のチョコレートもない。代わりに手にした缶コーヒーは目の前のコンビニで手に入れたもので、まだほんのりと温かかった。

　打ち止めがチョコレートを作っていたことは知っていた。ソファに放りっぱなしになっていた菓子作りの本、キッチンから漂う残念ながら不穏な匂い、カレンダーに書かれた浮かれた文字。どう見ても乙女という年齢ではない教師に『今日は乙女の戦争の日じゃーん？』などと言われるまでもなく、その日がバレンタインデーだということぐらい気づいていた。
（けどなァ……）
チョコレートなど受け取れない――受け取れるはずがなかった。せいぜいこんな悪党の手に握れるのは数万人のために作られた缶コーヒーが関の山だ。たった一人のために作られる『大切な物』を貰うことなど出来よう筈もない。一生懸命チョコレートを作る子供から目を逸らしたのは、タイミングをちょうどずらすように逃げ出したのは、けれど一度差し出されてしまえば断ることもできないと分かっていたからだった。
　出掛けてくる、と告げた時の打ち止めの顔は驚きが半分、悲しさが半分。それが一色に染め上げられるのを見る前に、大雪の中、宛もなく外へ歩き出した。一度チョコレートを作り始めてしまっていた手前、途中で止めることもできなかったのであろう打ち止めが追ってくることはなかった。
　ただし――

『こんなところで会うとは奇遇ですね、とミサカ19090号は唾を吐きかけます』
『偶然ミサカが蹴り飛ばしてしまった傘が車に轢かれて使い物にならなくなるとは困りましたね、とミサカ13577号は全く困っていない表情で呟きます』
『失礼。存在に気が付きませんでした、とミサカ10039号は飲み物をぶちまけたポーズのまま心にもない謝罪を述べます』
　行く先々を捕捉され、散々妹達に罵倒されたわけなのだが。

　時計の針が24時をさした時点で勝ったようなものだったのだが、それでも何となく避け続けてしまったのはどこかであの子供が諦めるはずがないと思っていたからだ。だがそんなものはただの自意識過剰だったらしい。流石にもう日付も変わって久しいし、何時までもコンビニの軒先に居るわけにもいかない。一方通行はもう一度鉛色の空を見上げる。
（今何時だ？）
凍える体をふらりと起こして、一方通行が時間を確認しようとしたその瞬間――缶コーヒーを持つ手に冷たい衝撃がした。

「みーつけた、ってミサカはミサカはあなたを指さして勝利の笑みを浮かべてみたり！」

　しまった、と思った時には遅かった。続けて二度三度こちらに向かって飛んでくる雪玉を避けながら目をやると、３メートルも離れていないコンビニの駐車場で打ち止めが仁王立ちしているのが見えた。足元が不自然に雪だらけなのは、一方通行にぶつける雪玉をいくつもストックしているからだろう。何か言う暇もなく、次々に雪玉が飛んでくる。
「なんで！　逃げる！　かなぁ！ってミサカはミサカは雪玉を投げつけてみる！」
あからさまに避けられて怒っているらしい打ち止めの投げ方に容赦はなかった。たかが子供の力とは言え、そこそこの勢いで投げられた雪玉は当たると割と痛い。一方通行は足、腰、腕に向かって投げられた雪玉を避け、顔に真正面に投げられた雪玉は反射的に掴み取っ――て、その罠に気付いた。
「？　……ァ、」
一方通行は手元に視線を落とした。思わず受け止めてしまった雪玉は一つだけやけに歪で大きい。衝撃で崩れかけた隙間からは小さな包みの端が見える。それが何かは流石に言われなくても分かる――分かってしまう。
「引っかかった？ってミサカはミサカはにやにやしてみる」
いつの間にか傍らに居た少女が、思い切り腕に抱きついてきて笑う。今度はけして離さないと言わんばかりにぎゅうと抱きしめられた腕には服越しに子供の体温が忍び寄っている。
「…………」
どう返すことも出来ず黙ってされるがままにしていると、不意に腕が下に思い切り引っ張られ――頬に柔らかい感触がした。
「……引っかかって？ってミサカはミサカはお願いしてみる」
耳元で、子供がそう呟いた。


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自分で企画しておきながら間に合わなくてすいませんでした。。。
タイトルの元ネタは『恋と選挙とチョコレート』です（やってないけど
『恋は戦争』はsupercellの曲ですね（確か友人がカラオケで歌ってました！