薄皮一枚の下で騒いでいる――血の流れが、酷く邪魔だ。
 怪物も同然の癖に、下手に"人間らしく"しようとするから、こんな馬鹿を見る。


 時々訳もなく暴力的な衝動に駆られることがある。
『……と、ミサカ-----号は、』
『第----次実験を始めます、と……』
決まってそれは彼女たちを夢に見た次の日のこと。飛び起きて見下ろした手は別に血に濡れているわけではない。降り注ぐ日差しは実験の夜と似ても似つかない。けれどチカチカと点滅する視界は過去に引きずり込むように生々しく、体中に木霊する心音は緩くなる気配もなく。ただ昏く昏く、どこかに自分の心を引きずり込むように昏く。

「おっはよー!ってミサカはミサカはあなたに朝の挨拶をしてみる!」

 だから。
 あの朝ただいつもと同じように自分を起こしに来た彼女を抱いてしまったのは――間違いだったのだと、思う。



 知ってしまったことはいくつもある。子供なりにその体が柔らかいこと。子供だからこそその体温が高いこと。上げる嬌声はどこか熱っぽいこと。そして――恐らく彼女が、自分を好いているであろうこと。
 あの日から、打ち止めが一方通行に向ける視線は決定的に変わってしまった。無邪気な中に潜む熱はどこか慈しむように優しくなって。打ち止めは一方通行がまるで把握できないような大人びた部分を創り上げてしまった。

 朝、廊下で鉢合わせしたところで、ついっと目を逸らされる。
「お、おはよう……ってミサカはミサカは呟いてみたり」
ただ挨拶をするだけで、打ち止めの頬はほんの少しだけ赤くなっていた。
「アー、」
お座なりに返事をして、洗面所に向かう。後ろから遠慮がちについて来る足音をなるべく無視するようにして、彼女が入ってくる前に気づかないふりをして後ろ手にドアを閉める。
(…………)
あの夜のことは、一方通行の中ではなかったことになっている。そう態度に示してきたし、何か言おうとする打ち止めの言葉を何度か遮っていた。今みたいに彼女を遠ざける行動をしたことも少なくない。
(………………、)
彼女が俯くのを視界の端に捉えながら、その度に心臓が磨り潰されるような錯覚に陥りながら、それでも理性がただ命じるままに色々なものに蓋をして、ただいつも通りを繰り返す。
(簡単なことだろォが……)
鏡の中の不景気な顔をした自分に言い聞かせる。機械のように歯を磨き、機械のように顔を洗い、機械のようにタオルで顔を拭く。体に染み付いた動作をノルマのようにこなして洗面所を出ようとしたところで、一方通行は打ち止めがドアの外側で佇んでいることに気づいた。
「あ、あの……ミサカは、何かあなたにしちゃった?ってミサカはミサカは、」
消え入るような声で打ち止めは言う。彼女は俯いていて、一方通行からはつむじの辺りしか見えない。それでも、震えている様子から彼女が泣きそうなことぐらいは分かった。
「…………」
一方通行は何も返せない。こういう時にどうすれば良いのか、頭のどこを探しても出てこない。否、正答は『無視』だ、それぐらい分かっている。
(あァ……)
だけれどきっと自分は面と向かってしまったらそれができないから、逃げるように彼女を遠ざけていたのだろう。
「……ご、ごめんなさい……あ、あの……ミサカは……ミサカとあなたは、その……」
いけないことをしたんだよね、と打ち止めは小さく呟いた。そのまま床を見つめて動かない打ち止めに、自然と手が伸びる。
(やめろ……)
顔を見れば、抗えない。その顎に手を抱えて、そっと彼女と視線を絡める。

 ただ、一つ。伝えてしまえば良いのだ――セックスは気持ちの良いことだ、と。悪いことなのではない、と。そうして刷り込んで、好きにしてしまえば良いのに。

 不安そうに見上げてくる瞳が揺れて、そのガラス玉に自分の表情の酷い醜さが映る。いつもこんな顔をして彼女の前に立っているのかと思うと吐き気がした。

 薄皮一枚の下で騒いでいる――血の流れが、酷く邪魔だ。
 怪物も同然の癖に、下手に"人間らしく"しようとするから、こんな馬鹿を見る。
 ただ、壊すように。慈しむように。摺り込むように。都合よく抱いてしまえばそれで良いのに。
 本来の自分はきっとそんな化物だろうに。


 あの日、彼女を抱いたことを、
「ッ、」
 後悔するなんて――烏滸がましい。


 限界まで近づけた唇を、ゆっくりと離す。
「あくせられーた……?」
ほんの少しの距離、弾みで埋めてしまえそうなその距離を、縮めることが――どうしても、できなかった。彼女の目の端が歪んで、涙がこぼれ落ちても。どうしても、できなかった。


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通行止め記念日の翌日にこんなもんを更新してる俺…すいません
でも多分、初夜の後もやしって絶対後悔すると思うのです
そういう部分も乗り越えて通行止めは恋人同士になるんじゃないかな、とか…とか…


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