目が覚めると、天井が遠かった。それに何だか背中がひんやりとしていて、極めつけには体を覆っていたはずの毛布が何処かに行ってしまっている。打ち止めは瞬きをした後ゆっくりと半身を起こした。案の定、寝ていたはずのベッドが傍らにある。カーテンから淡い光が漏れているのに気づいた打ち止めはぼんやりとしたまま、テーブルに置いてある時計を見た。まだ明け方、と言って良い時間であることを確認して、ごそごそとベッドに戻る。随分前に落ちてしまったらしく、毛布もシーツもひんやりとしてしまっていた。
(……また落ちちゃった、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり)
目を瞑ってうとうとしながら、打ち止めはため息をつく。
『そンなに落ちるンなら布団にしたらどォなンだよ』
そうあの人が言ったのを思い出す。からかう様な言葉選びは、その実心配そうな声音を含んでいて、それが何だか余計に打ち止めを悔しくさせた。意地になってベッドに寝続けているものの、5回に1回は転がり落ちてしまっているのが現状だ。原因が分からないので対処の仕様がないのが難点である。
「…………うーん、ってミサカはミサカは……」
ごろり、と寝返りを打ちながら考えつつ、打ち止めはいつものように眠りに落ちた。


「オイ、また落ちたのかよ」
洗面所に入ってきた一方通行の視線が鋭くなる。打ち止めは、何故言い当てられたのか分からずに目を白黒させた。
「お、落ちてないよ!ってミサカはミサカは、」
言い訳をしようと思ったところで、腕を伸ばしてきた一方通行に頬っぺたをつねられる。
「ひゃっ、ってミサカはミサカはひっひゃひゃひぇふ……」
「フローリングの跡ついてンぞ」
呆れた顔でため息をつかれる。身長が低い打ち止めは、洗面所の鏡を見るのに少し背伸びをしないといけないので、普段はあまりまじまじと自分の顔を見る習慣がない。慌ててつねられた左の頬を見てみると、確かに縦向きに数本の線が入っていた。指で頑張って摩ってみるが、皮膚が赤くなっただけで跡は消えてくれない。ごしごしと顔へマッサージを繰り返す。
「…………そのうち治ンだろ」
何かを言いたそうな顔をした一方通行は、けれどそう呟くように言って、打ち止めの頭を叩く。それがいつもよりも心配されているように思えて、打ち止めは何だかもやもやした気分になって俯く。
(落ちない方法、思いつかなきゃ、ってミサカはミサカは……)
知らず、ため息が落ちた。


 リビングに黄泉川だけが居る時間は限られている。ご飯を食べ終わって片付けが終わった後の今の時間は、その数少ない時間の一つだ。打ち止めはドアを少しだけ開けて隙間からそっと中を覗き込む。大丈夫、今は黄泉川一人のようだ。
「ヨミカワ、ちょっと相談があるの、ってミサカはミサカは神妙な顔をしてみたり」
「んー? どうしたじゃん?」
テーブルを拭いていた黄泉川は顔を上げて打ち止めを見る。
「あ、あのね、ミサカはお布団の方が良いのかな、ってミサカはミサカは思ってみたり」
「………………あぁ、ベッドから落ちるじゃん?」
少し考え込んだ後合点したように頷いた黄泉川に聞かれて、打ち止めはこくりと頷いた。ベッドから落ちてしまうのは恥ずかしい、と思うが、何故か黄泉川になら知られても良い気がしたのだ。黄泉川は少し考え込んだ後、確かに良く落ちてるじゃん、と言って苦笑した。
「あのね、それでミサカはミサカは、」
そう布団のことを相談しようと思ったところで、頭を撫でられるのが分かった。見上げると、いつの間にか黄泉川が打ち止めの近くに立っている。見下ろしてくる視線と同じくらいに優しい声で、黄泉川は打ち止めに聞く。
「最近も良く落ちるじゃん?」
「ううん、最近はそんなに落ちてないよ、ってミサカはミサカは答えてみたり」
ベッドを買ってもらった辺りのことを思い出す。はしゃぎ疲れていざ使ってみたら、翌朝目覚めたのが床の上だったので、随分哀しい思いをしたのを今でも覚えている。初めてベッドから落ちずに眠れた日はとても嬉しかったっけ。
「じゃあそのうち全然落ちなくなるじゃん。何事も練習。諦めるのはまだ早いじゃん」
ね、とウィンクをしてくる黄泉川。打ち止めは少し考え込む。
 床で目覚める日とベッドで目覚める日の日数が逆転したのはいつだっただろうか。全く思い出せないけれど、それでも多分気づかないうちに――少しずつ前進しているのだ。
 打ち止めが顔を上げると、黄泉川は満足したように、ぽん、と最後に頭を一つ叩いて手を離す。
「……うん、やっぱり取り消し、ってミサカはミサカは前言を撤回してみたり!」
宣言すると、黄泉川がよし、という顔で笑う。
「じゃあ、ミサカはミサカは今夜も挑戦してみたり!」
打ち止めはくるりと身を翻して、あっという間にリビングの外へ駆けて行く。


 ぱたん、とリビングのドアが閉じられたところで、残された黄泉川は一人呟いた。
「ま、あとは……あの過保護も少しは堪えるのを覚えた方が良いじゃん」


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子離れできない親のような一方さん
かえって黄泉川とか芳川の方がさらっと上手く対応しそうだな、と
通行止めが二人きりなロシアは一方さんが結局打ち止めを駄々甘やかしそうな悪寒


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