――いつも似たような絵葉書ばかり送っている

「You will not find a better picture postcard than this!(オニーサン、それオススメネ!)」
手にした絵葉書を裏返していると、黒髪の男が人懐っこい表情をしながらそう話しかけてくる。この手の土産物屋でかけられる声は、決まって陽気なものばかりだ。土産物の定番である絵葉書には、時に寂しい風景の写真もあるが、大抵は旅先の思い出らしく温かい雰囲気が感じられるものが多い。
 一方通行は左手に持っていた絵葉書を棚に戻すと、右手に持っていた絵葉書をカウンターに置いた。話しかけてきた店員に慣れた英語で代金を支払う。前にフランスで送った葉書もそうだったが、また空の写真になってしまった。場所を特定されるような風景を避けているから、仕方がないかもしれない。
「マイドアリ!」
どこで覚えたのか、店員は最後は日本語で一方通行を送り出した。何のことはない店だが、大きな観光都市なだけあって、もしかしたら日本人も多く訪れるのかもしれない――尤も、自分の容姿が日本人らしいか、と言ったら首をかしげるところではあるが。
 店の外に出ると、うんざりするぐらいに煌く太陽が夏も盛りと照らしてくる。短いながらも濃く落ちる影が、レンガの茶色に落ちていく。涼めるカフェでも探すか、と思案したところで、通りすがりの子供の声にふと顔を上げた。似ても似つかない、黒髪の子供が一方通行の脇をすり抜ける。
「…………くっだらねェ」
呟くように言うと、一方通行は元来た細い路地の方へ足を向けた。


 送った絵葉書が50を越えたところで、数えるのを止めた。1ヶ月に何通も送ることもあれば、2、3ヶ月送らないこともある。気紛れではなく、シゴトで移動する際に送るのでペースはまちまちだ。
 差出人もない、寄せる言葉もない絵葉書を、彼女が受け取っているのか――一方通行は知らない。あの家を出た時に携帯電話は置いてきた。こちらから連絡をしなければ捕まらない状態は、もう何年も続いている。
「案外、引っ越したりしてンのかもなァ」
買ってきた絵葉書を手で弄びながら、一方通行は誰にともなく呟いた。がらんとしたホテルの部屋は、1ヶ月滞在したとは思えないほど来た頃のままの殺風景さを保っている。元々持ち込んだものは多くないし、それらは全て引き上げる際に持って行く。後には何も残らない。
 最初の頃は未練たらしくどうこう言うのが嫌だったのが、今では届いているか半信半疑なせいで、真っ白な葉書になってしまっている。あの家が別の人間の手に渡っているのなら、新しい住人にはこの上なく不気味だろう。
「そろそろ、」
潮時だろうとは自分でも思う。だが、一方通行はそれでも葉書を送るのを止めなかった。こっちから連絡を出来て、向こうからは出来ないなんて卑怯なことこの上ないと自分でも思う。自分のことを忘れてほしい理性と、忘れてほしくない本能のせめぎ合いに決着がつく様子はない。中途半端な態度で遠くから絵葉書一枚を寄越す男――愛想をつかされても仕方がない。仕方がないと分かっているのに、宛名を書く手は止まらない。
「大体よォ……」
こんな人間を好きになったって何も良いことなどないと、一緒にいた何年かで彼女は学ばなかったのだろうか? 平穏な日々とは言い難かったし、無茶も無理もしたし、怪我も心配もさせた。いつも傍らについて回る彼女を、それこそ本物のバカだと思ったことだってある。
 ――バカな人間ほど愛しいとはよく言ったものだ。
「…………」
目を瞑ってでも書けそうなくらいに繰り返し書いた住所を書き終わると、一方通行は手にしていたペンを放り投げた。普段依頼は頭に叩き込むようにしているので、筆記用具を使うのはこの時くらいだ。そう言えば彼女は字を書くのが下手だったな、とぼんやりと思い出す。
「……まァ、」
今は上手くなっているのかもしれない。数年前の子供だった彼女はもういない――自分のことを無邪気に慕っていたあの子供は、もう傍にいないのだ。なのに、こんな忘れないでくれとでも言うように、祈るように、白紙のメッセージを送る自分はどうかしている。

『アー、口閉じろよオマエ。ただでさえアホそうなツラが益々バカに見えンぞ』
『今何気に一つの台詞にミサカへの悪口を二つも混ぜた!?ってミサカはミサカは血も涙もないあなたに驚いてみる!』
『オイ、言ったこと聞いてたンかよ。口閉じろってンだよ、にやにやしやがって』
『んー、だってだってだってだって、嬉しいんだもん! あなたがミサカのお買い物に付き合ってくれるなんてホント天変地異が起こったかと思……あーあーあー回れ右はなし!ってミサカはミサカはあなたの前にサササッと回り込んで見る!』
『……オマエの頭は花畑か、平和だなァ』
『うん! お花畑!ってミサカはミサカは満面の笑みで答えてみたり! こういうのなんて言うんだっけ?ってミサカはミサカはあなたに問いかけてみる』

 あぁ、そうだ。あの頃は馬鹿みたいに平和で、馬鹿みたいに幸せで、傍らの彼女が笑ってさえいれば良いと思っていた。傍らの彼女が笑っていればそれで、灰色の人生に色がつく。
 ――代わりに自分の灰色が彼女を侵食していくと気づいたのは、いつだったか。彼女が怪我をした時か、彼女を心配させた時か、それとも彼女を泣かせた時か。何にせよ、自分には薔薇色の人生を享受する資格などないと心から思い知って一方通行はあの家を出た。そうして彼女を置きざりにしたはずなのに。

「…………クソッタレ」
放り投げたペンを拾い上げて、宛名を黒く塗りつぶす。上書いて上書いて、何も分からないくらいに力を込めて、気持ちすら押しつぶすように。
「………………………………分かってただろォが」
呟いて、絵葉書をぐしゃぐしゃに握り潰した。乾ききらないインクが指に残って、視界の端にいつまでも滲んでいた。


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ヘタレ一方さんを書いてみたくなったの巻
いや、6巻のビジュアル的にも精神的にも超絶イケメンな一方さんをついさっき読み終わったはずなのにな?
20巻のヘタレ一方さんもサカザキ的には大好物なのですよ、って話です
web拍手お礼はハッピーエンド締めなのでご安心を


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