「なんだこれ」
「……お茶とお菓子ですが」
「あのね、ヴィリアンじゃあるまいし、私はこーいうの嫌いだし」
第二王女のキャリーサは一分の隙もなく完璧に用意されたアフタヌーンティーのテーブルを敢えて無視して、隣のソファに座った。椅子の後ろに構えていた騎士団長は、はぁ、とため息をつく。
「伊達や酔狂でこんなことをしているわけではありません。写真が足りないのですよ」
「写真?」
「新聞に提供するものです。タイトルは『優雅な王室アルバム』だそうですが」
「……ちっ」
キャーリサは渋々テーブルに移動する。
 『仕事』だと言うことが分かればそれ以上わがままを言わない、それはキャーリサだけでなく、英国三王女に共通する美点の一つだろう。騎士団長は椅子を引いてキャーリサを座らせると、自分は傍らに立ち、執事たちに指示を出した。たちまち湯気の立ったお茶が用意され、皿にはスコーンがサーブされる。それは額縁に入れて飾って良いほどの、王侯貴族の午後だった。
「騎士団長」
「何です」
「仕組んだの?」
彼は答えない。英国の未来について、緊急を要する話し合いが云々と言われて来てみればこれだ。よく考えれば、そういう大事な話ならこんな『開放的な』ベランダのある部屋を使うはずがないわけで、キャーリサは自分の判断力の鈍さに舌打ちする。どうやら疲れているらしい。
「そこらの写真でてきとーに済ませられなかったの?」
自分の判断ミスと言うのは何だか落ち着かない。キャリーサは悪あがきと自分でも分かりつつも、騎士団長に聞く。
 見られるのが仕事、という面もある英国王室では、キャーリサに限らず、女王・エリザード、第一王女・リメエア、第三王女・ヴィリアンの写真のストックは山ほどある。
「エリザード様、リメエア様、ヴィリアン様がこれと全く同じレイアウトで写真を撮られましたが」
「ちっ……」
二度目の舌打ちに騎士団長の眉がぴくりと動く。流石にもう一度舌打ちすれば、咎めてくるに違いない。キャーリサは諦めてぴんと背筋を張った。姿勢が悪かったり、笑みが強ばったりしている写真は、とても新聞には使えない。視界の端で騎士団長が少し顔を背けるのが見えた。多分笑いをかみ殺すのを見られないようにしているのだろう。
(バレバレだし)
思いつつ、キャーリサはその姿勢と笑みを保ち続ける。流石にさっきまでのようなあんな砕けた状態を見せられるのは、ほんの一握りの近しい者達――傍らのこの男も含まれてしまうのだが――しかいない。写真を撮りに来るであろう外部の輩には、きちんと王家の威厳を持って当たらなければならないのだ。
 しかし――待てど暮らせど写真撮影をする一行は来ない。
「どーなってんの。私がどれだけ忙しいか分かってるだろう?」
「確認してまいります。ちなみにそこまで堅苦しいコンセプトではないそうなので、そのスコーンは召し上がっていただいて結構です。起きてからまだ何も召し上がられてないでしょう」
では失礼、と一礼すると、どこか穏やかな笑みを残して、騎士団長は部屋を出ていった。
(面倒な男だし)
思いつつ、キャーリサは椅子に背を預けた。多少だらしないが、誰が見ているわけでもない、と割り切ることにする。それは彼女にしては珍しい気の抜き方だった。元々、四六時中気を張るのが彼女たち王家の人間だ。
(まぁ、騎士団長がフォローするだろう。そーいう男だし)
キャーリサはスコーンをちぎって口に放り込むと、ゆっくりと咀嚼する。そう言えば、こんなに気を抜いて食事をするのは久しぶりだった。



 背中に触れた違和感にはっと意識が戻る。
「お目覚めですか」
体にかかる影に視線を上げると、騎士団長が脱いだ背広を広げてこちらへかけるのが見えた。少し肌寒さを覚えていたむき出しの肩が、温かみを取り戻す。キャーリサが体を起こして時間を確認すると、この部屋に来てからじつに2時間が経っていた。
「午後の公務はキャンセルしておきました。緊急のものがある場合のみ、報せるよう指示してあります」
騎士団長の落ち着いた声に、キャーリサは全てを察する。
「……仕組んだの?」
騎士団長は答えない。それが、何よりも雄弁に真実を語っていた。
 恐らく、写真撮影、というのも嘘だったのだろう――働き詰めだったキャーリサを休ませるための。そして、疲れている、ということをキャーリサに認識させるための。
「……めんどーな男」
小声で呟くと、キャーリサは騎士団長を一瞥する。彼はキャーリサの方に視線を向けず、適度な距離を保って立っている。キャーリサは一つため息をつくと、眠る体勢を取った。

 王族の見栄、は今は良い。
 どうせ、傍らの男が何とかしてくれるだろう。


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18巻読み返したら無性にキャーリサに萌えたので……
騎士団長とキャーリサはコンビ、あるいは主従っていう関係がしっくりきますね
ウィリヴィリはそこに恋人っぽさが加わりますけど


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