誰だって驚くだろう、玄関で三つ指をついて待っていられたら。ましてやその行動を取っていたのが十歳児ならば――
「オイ、そこ、見えてンぞ」
不機嫌さを隠しもせずに言うと、柱の影に隠れていた黄泉川が耐え切れない、といった様子で体を折った。一応口元を手で覆っているものの、笑い声はその隙間から漏れてしまっている。
「あは、あははは! だって、打ち止めったら、本気でやるとは思わなかったんじゃんよ。んでもって一方通行、あんたあの顔……!」
「本当に面白いものを見せてもらったわね」
悪びれもせずに付け加えたのは芳川だ。こちらは最初から隠れる気はなかったのか、堂々と壁にもたれ掛かって笑っていた。一方通行は舌打ちする。どうしてだか、この大人たちは揃って、一方通行と打ち止めをやたらと構いたがるのだ。
(シチ面倒くせェ)
 口に出してまた構われたくないので、一方通行は心の中で呟く。笑いのネタにされた打ち止めは、一方通行が靴を脱いで部屋へ上がっても、まだ正座をしたままだった。
「いつまでやってンだ、クソガキ」
ちょうど良い位置にあった頭を叩くと、打ち止めは少し涙目になりつつ一方通行を見上げた。
「うぅ……つまりどういうことなの、ってミサカはミサカは頭を抑えつつ首を傾げてみたり」



 一方通行がリビングへ進むと、残りの三人は騒々しくついてくる。二人は笑ったままのんびりと、最後の一人は相変わらずわけの分かっていない様子で。
「だからぁ、ああいう時は例の決め台詞を言うんじゃん?」
「愛穂、2つ目まではともかく、3つ目は不味いでしょう。教育者なんだからちゃんと考えなさい」
どちらが教師なのか分かったものではない会話をしている黄泉川と芳川を横目に、一方通行はさっさとリビングのソファに寝転んだ。くくく、と時折笑い声が届くが、彼はそれを無視する。
(……あることねェこと吹き込みやがってよォ)
ちらり、とテーブルの方に視線を向けると、黄泉川や芳川と話している打ち止めの姿が見えた。何かを教えてもらっているらしく、打ち止めは驚いたり困ったりと色々忙しい。普段ならば、彼女らしくくるくると変わる表情は見ていて飽きないが、こういう場合は話が別だ。
(チッ……)
一方通行はそっぽを向くと、腕を枕にして目を閉じた。結論、寝てしまうのが一番早い。



 いつの間にか視界いっぱいに打ち止めの顔が広がっていた。
「あ、起きた、ってミサカはミサカはあなたに――わぷっ!」
「近ェよ」
少しぼんやりとしたままの頭で、一方通行は、ぐい、と反射的に打ち止めの顔を遠ざける。手をばたばたさせながら、痛いってミサカはミサカは、といつものように騒ぎ出す打ち止め。一方通行は一つ欠伸をして壁に掛かっている時計に目をやった。どうやら小一時間寝てしまっていたらしい。黄泉川と芳川は用事でも出来たのか、リビングから姿を消していた。
「ヨミカワとヨシカワは買い物に行ったよ、ってミサカはミサカはあなたに報告してみたり」
一方通行の様子を見て察したのか、打ち止めが彼女にしては珍しく的確な回答を返してくる。
「あァ、そうかよ」
この時間なので、大方冷蔵庫の中に夕食の材料が何も入っていなかったのだろう。こんなガキ一人置いてくなよ、と自分のことを棚にあげて一方通行は小さく呟く。だがその声が聞こえなかったのか、打ち止めは機嫌良さそうに笑っていた。
「ねぇねぇ、『ああいう時の決め台詞』、言ってみても良い?ってミサカはミサカはあなたに聞いてみる」
「いいわけねェだろ。ガキには早ェ」
実質は二択な三択である有名な例の台詞を思い出して、一方通行はため息をついた。少なくとも一方通行には、こんなガキにそういう台詞を言わせる趣味はない。
「でもでも、そう言わずに、ってミサカはミサカは先手必勝!」
言うが早いか、打ち止めは思い切り一方通行の首元に抱きついてきた。ふわり、と漂ってきたのは、一方通行と同じシャンプーの匂いだ。面食らった一方通行に、体を少し離した打ち止めは満面の笑みで言う。
「『おかえりなさい』ってミサカはミサカは言ってみる!」
「アー……」
そういうことか、と思いつつ、一方通行はごく自然に打ち止めの小さな体を抱きとめていた。

 それは、とうの昔に忘れてしまった何か――家族というやつだったか――を連想させた。

「『おかえりなさい』ってミサカはミサカは言ってみる!」
さっきと同じ台詞を繰り返した打ち止めは、待ち遠しそうな顔で一方通行を見上げてくる。しばらくだんまりを決め込んだ一方通行だったが、期待に満ちた打ち止めの視線は一向に止む気配がない。
「………………」
視線を逸らしてみたものの、無言の圧力は続く。
「………………タダイマ」
とうとう、何の変哲もないその言葉を、慣れない様子で一方通行は口にした。それは小さな声だったがちゃんと打ち止めに届いたらしい。彼女の表情が、ぱぁっ、と華やぐ。
「嬉しいな、ってミサカはミサカははしゃいでみる! これからは帰ってきたら毎日言うね、ってミサカはミサカは、」
「いらねェっつの」
調子に乗るな、と言わんばかりにため息をついて一方通行は打ち止めの台詞を遮る。けれど、打ち止めは笑っていた――本当に嬉しそうに。
(バッカじゃねェのか)
一方通行は思ったが、口には出さない――それがどうしてなのか、彼にも分からなかった。


-------------------------------------------
たのしいごあいさつ:一方通行さん編
サカザキは「ただいま」とか「おかえり」を言い慣れてない一方さんとか萌えるんですがどうですか?
家族とか親しい人にすることを一つ一つ重ねていく通行止め、というのも大好きです
そういや二人ともあんまり日常生活に縁がないもんなぁ…(ホロリ


inserted by FC2 system