片手にはナイフ、片手にはスプーン。フォークを持っていないのはせめてもの抵抗か。皿を避ける形で左斜め45度にぐだりと体を投げ出した打ち止めは、恨めしそうに緑色の悪魔を見る。
「うぅ……これは虐めって言うか寧ろやり方の陰険さが嫁いびりの域に達してるよ、ってミサカはミサカは絶望してみたり」
冷めたピーマンは減る様子がない――一向に。


『好き嫌いなど特にありませんが、とミサカ10032号は唐突な質問に眉を顰めながら答えます』
「いつからなくなるの、ってミサカはミサカは聞いてみたり」
『? ですから、製造(うま)れてから“一度たりとも”ありませんが、と、ミサカ10032号は繰り返します』
ミサカネットワークでは、何となく他のミサカたちがどういう雰囲気であるか理解できる。今は、何か不思議な現象に行き合ったかのように、彼女たちが揃って首を傾げているようだった。どうやら本当に好き嫌いというものがないらしい。打ち止めは世の不公平さを呪うような声で言う。
「どうしてあんな不味いもの美味しく思えるのかな、ってミサカはミサカはジト目になってみる」
『? 良く分かりませんが、何か好き嫌いをするようなものでもありましたか、とミサカ13577号は尋ねます』
「……この緑色のやつ……、ってミサカはミサカは思い出したくもなかったり」
目の前の皿を視界から外しながら、打ち止めは呟いた。
 既にダイニングには誰もいなくなっている。珍しく先生らしさを発揮した黄泉川が、お残しは許さないじゃん、といつもよりも少し強めの口調で言って、打ち止めに残していたピーマンを全部食べるように命じたのだ。既に時間は21時過ぎ。夕食の時間から悠に2時間ほど経っている。冷め切ったピーマンは、熱々だった頃よりも更に凶悪な味になっていることだろう――口にしていないから分からないが。
『子供が嫌う緑の食物と言うと色々考えられますね、とミサカ19090号は色々な可能性を吟味します』
「こっ、子供じゃないもん!ってミサカはミサカは全力抗議!」
『しかし“大人の女性”というのは好き嫌いはしないのでは、とミサカ10039号は上司に追い討ちをかけます』
「………………うぅ、ってミサカはミサカは唸ってみる」
ピーマンを残したのは、実はこれが初めてではない。いつもこっそり隠して流しに持っていっていたのだが、そもそも食事中にピーマンだけ避けていることを怪しく思ったらしい芳川が口を出してきたのだ。そこから先、どうなったのかは言うまでもない。
『唸っても口に運ばなければ食事は減らないのでは、とミサカ10032号は忠告を、』
「わかってるよ、ってミサカはミサカは……もういいよ、一人で頑張るもん!」
そう言い切ると、打ち止めは無理矢理ミサカネットワークから意識を切断した。彼女たちが少し年上の立場から心配してくれているのも分かるが、正論ばかりではどうにもならないことがあるのだ、世の中には。打ち止めは、はぁ、とため息をついてスプーンにピーマンを乗せる。
 こんな時――まぁそうでなくても隣にいてくれそうなあの人は、食事を済ませるとさっさと席を立ってしまっていた。それからは一回もダイニングに顔を出していない。どうやら打ち止めのことはどうでも良いらしい。
「…………ひとりで、頑張るもん、ってミサカはミサカは呟いてみる」
打ち止めの小さな声は、誰に聞かれることもなくダイニングの空気に溶けていった。


「オマエ、まだ残ってたンかよ」
一方通行がダイニングにコーヒーを補充しに行くと、打ち止めの小さな背中が見えた。何故だかテーブルに向かったままの打ち止めの傍を通り過ぎようとすると、彼女の前に皿が置かれているのが分かる。
(……あァ、確か食えって言われてたンだったか)
皿の端っこに寄せられていたのは千切りにされたピーマンだった。確か今日は野菜炒めか何かだったのを思い出す――ちなみに黄泉川はそれも炊飯器で作っていたので、炒めというよりは蒸しに近いのかもしれないが。別に不味かった覚えはないが、子供にとっては苦手な味だったのだろう。
「オイ」
肩を落としたまま返事をしない打ち止めに一方通行は再度声を掛ける。それにピクリと反応した打ち止めがのろのろと顔を上げた。随分としょげているのが分かる。時間を見れば――22時。食事は19時過ぎくらいだったので、それからずっと一人で皿と向かい合っていたのか。
(……………………)
ついててやるべきだったか、と柄にもない後悔をしつつ、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した一方通行は、打ち止めの向かい側の椅子に腰を下ろした。気まずそうにぶらぶらと足を揺らしている打ち止めを正面から見ることが出来ず、テーブルから90度体を回転させた座り方ではあったのだが。
「……不味いモンかァ、こンなン」
体を捻った一方通行は頬杖をつきつつ、しげしげとピーマンを眺めた。わざわざ避けるから味が強調されるのではないか、と思うのだが、食事中に一生懸命緑の野菜を探し出している姿が子供特有の――まぁ、有り体に言ってしまえば和む――姿ではあったので、何となく口を出せなかったのだ。
(それにしても、)
同じガキとは言っても、いつかのシスターはがつがつと何でも食べそうな勢いだったのをふと思い出す。それでも体型は打ち止めとそう変わらないような貧弱さだったはずだ。
 そうやって目の前の打ち止めとほんの少しだけ会った少女のことを重ねていると、不意に打ち止めが口を動かすのが見えた。
「……誰か、」
呟くような打ち止めの声が思考を断ち切る。
「誰か思い出してるの、ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
その声は、いつもの無邪気なそれに反して、どこか堅い。
「オイ、どォしたよ?」
不思議に思って尋ねると打ち止めはそっぽを向いた。
「何でもない、ってミサカはミサカはつーんとしてみたり!」
そう不機嫌そうに言った打ち止めは、勢いをつけてスプーンに乗せたピーマンを口に運んで咀嚼する。
「オ、」
「ーーーーーーっ!!」
一方通行が話しかける前に、思ったより舌に来たらしい打ち止めは、すぐに涙目で口を押さえ始めた。仕方なく持っていた缶コーヒーを差し出してやると、打ち止めは勢いをつけて一気に飲み干す。
「はぁはぁ、べ、別に何ともなかったよ!ってミサカはミサカは事後報告!」
「……そォかよ」
半分くらい残ってしまっているピーマンを見ながら胸を張る打ち止めに、一方通行はため息をついた。何ともない、といった言葉とは裏腹に打ち止めの目尻には涙が溜まっている。何がきっかけかは分からないが、相当無理をしているはずだ。
「そんなに不味いかァ?」
打ち止めのスプーンをひょいと取り上げた一方通行は、残ったピーマンを半分ほど食べてみた。確かに冷めてはいたし、特有の苦味も残ってはいるが、こんなに顔を顰めるほどのものでもない、と思う。味を確かめてスプーンを返そうと振り向いた一方通行は、そこで、びっくりした顔で彼を見つめる打ち止めを視界に捕らえた。
「? どォしたよ?」
「…………な、何でもない、ってミサカはミサカは……」
語尾は小さくて聞こえなかった。顔を赤くしたまま、スプーンを受け取った打ち止めはそのまま俯いてしまう。
(…………? ナニかあったかァ?)
自分の行動を思い返してみたが、打ち止めが何故こんな照れた態度を取るのかさっぱり分からない。
(拗ねたかと思や、急に照れやがって……忙しいガキだなァ)
疑問は消えなかったが、彼女に尋ねることでもないだろう、と一方通行は結論付ける。……まぁ取り合えず残りのピーマンを口にするには、何か飲み物があった方が良いだろう。
「…………待ってろ」
一方通行はため息をついて立ち上がった。こうなればついでだ、最後まで付き合ってやろう、と心の中で思いつつ。


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公式でロリコン認定されてるから何も! 怖くない!
間接キスは意外と鈍感だと気づかないと思うんです
打ち止めを一番甘やかすのは間違いなく一方さんですよね


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