ヴィリアンはため息をついてパタン、と冊子を閉じた。躊躇いなく、テーブルの右端の方の、色は違えど似たような冊子がたくさん置いてある山の頂上に、その冊子を重ねる。それでも、その手前にはまだたくさんの冊子がずらりと置かれていた。
(………………これで、何冊目かしら)
目の前に積まれているのは、見合い写真だった。年頃になったヴィリアンには数え切れないほどの縁談が持ち込まれてる。政治手腕に優れた長女・リメエアや、軍事に自信を見せる次女・キャーリサと違い、直接国に役立つものを持たないヴィリアンは、格好の政略結婚相手になるらしかった。
「…………」
少しでもピンと来る者がいれば、と言い残して去っていったのは騎士団長だったが、恐らく彼も、本気でヴィリアンが誰か選べるとは思っていまい。なぜなら、彼女の心の底にはずっと昔から、一人の傭兵が棲みついているのだから。
「……ごめんなさい」
呟きつつ、ヴィリアンは見合い写真をまた同じ束の上に置く。テーブルに作られた二つの山のうち、どんどん高くなっているのは、ヴィリアンが断りたいと思っている相手だった。逆に減っているのは、まだ見ていない相手だ。本当は、テーブルの左端に見合いを受けようと思う相手の写真を置くつもりだったが、一つとして冊子は置かれていない。
(もし、)
自分が王女でなかったら、こんなことにはならなかったのだろう。こんな風に飼われるように城の中に閉じこもって、こんな風に来る日も来る日も微笑み続けて、そしていつか見知らぬ誰かの腕に抱かれるようなことには。逃げ出せるものなら、とっくに逃げ出していた。けれど、国の為に、民の為に、こんな自分が出来ることなど、他に何があるというのだろう?
「……ウィリアム……」
籠の鳥は空を見上げ、恋した者の名前を紡いだ――それが罪であるかのように、哀しげな顔をしながら。


「……ということが昔あってだな、」
親友の世間話をウィリアム=オルウェルは聞き流す――振りをした。尤も、それが振りであることは、恐らく傍らのこの男には悟られてしまっているに違いない。だが、それを特に表に出す様子もなく、騎士団長はあぁだこうだと昔話を続けている。ウィリアムはそれにいつものように短く相槌を打つ。
 一頻り話を続けた後、だが、と仕切り直しをするように騎士団長は言葉を切った。
「あの頃に比べれば、随分強くなられた」
眩しいものでも見るように、騎士団長は目を細める。第三王女と顔を合わせることの少ない自分と違い、色々と思うところがあるのだろう。
「……そうであるか」
ウィリアムは結局むっつりと無難な言葉を返すに留めた。それ以上何か言えば、余計なことまで話してしまいそうだったからだ。普段はそういうウィリアムの態度を咎めることの多い騎士団長だが、今日はどうやら違うらしい。にやり、と笑いながら、彼は更に言葉を重ねた。
「実はその中にこっそりお前の写真を混ぜておいたんだが、」
「貴様は何をやっているのであるか」
「どうなったか気になるか?」
意地の悪い騎士団長の物言いに、ウィリアムは黙り込む。

 ――彼がその問いに答えたのは、たっぷり10分も経って後のことだった。


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取り合えず好きなカップリングを1つのお題で書いてみようの巻その2
騎士団長にヴィリアンのことでからかわれるウィリアムが好きなのは私だけじゃないはずだ…!


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