普段から特に優しいところのない麦野だが、蔑む目をされるとますます冷たく感じることを浜面仕上は初めて知った。
「…………バカなの?」
「…………え、えぇと」
「もう一度聞くわ、バカなの?」
聞かれて浜面は黙り込む。
「大丈夫だよ、そんなはまづらを私は応援してる」
いつも通りの、滝壺の何のフォローにもなっていないフォロー。

 いつもの喫茶店で麦野が開いていたのは英会話のハウツー本だった。ごくごく初歩的で簡単なやり取りが書かれたページを見て、浜面は言ったのだ――アメリカ語って難しいよな、と。
「結局、深い意味はなかったわけね」
フレンダがため息をつきながら、ブロンドの髪を揺らす。わざわざ英語をアメリカ語、と言ったことに何か深い意味があるのか、と思っていたが、黙り込んだ浜面を見て考えを改めたらしい。それ以上は特に突っ込んではこなかったが、『浜面はバカ』という認識がフレンダにインプットされたのは確実だろう。
 浜面はハウツー本を恨めしそうに見る。英語が読めなかったならまだしも、英語を読む以前の問題でコケるとは思わなかった。下手に知ったかぶって本に興味を示してみせた数分前の自分を殴りたい衝動に駆られた浜面である。
「超バカですね」
じゅるる、と飲み物を飲み干した絹旗は、その一言だけ告げると、また映画のパンフレットに視線を戻した。自分より年下の少女にバカと言われることもさることながら、それが事実であろうことがまた哀愁を誘う。ふるふると震えた浜面は、勢いに任せて叫んだ。
「お、俺だって得意教科ぐらいあるわ!」
「じゃあ答えてみなさいよ、五教科で」
詰ってしまった浜面に、三人がため息をついた。

 今日も今日とて散々な会合だった。浜面はため息をつきながら、アイテムのメンバーの後ろについて喫茶店を後にする。
(……俺、マジで向いてない)
毎度のことながら、年下の少女たちにバカにされる日々は続いていて、その事実は時々浜面に重くのしかかってくる。前を行く彼女たちを見ながら、浜面はこの位置関係に馴染んでしまっている自分に少し腹を立てていた。
(何で続けてるんだかなぁ)
ぽつり、と心に落ちた疑問は、それでも浜面の心に染みこんでは行かなかった。それが何故だか、浜面には分からない。考え込んでいると、下を向いていた視界に、見慣れてきた足元が映る。顔を上げると、くるりと振り返った滝壺が浜面を指差していた。
「あいむ、くれいじーふぉーゆー」
あんまりな日本語っぽい発音に、浜面は最初、それが何らかの英語である、ということに気づけなかった。
「……クレージー……?」
とは言え、いきなりクレージーと言われても何が何だかさっぱり分からない。それなりに馴染みがある単語ではあるが、狂っている、といきなり言われてもな、と浜面は首を傾げる。
(……実は滝壺って俺のこと嫌い……だったり……?)
そう思うと、何だか酷く胃が痛い。

 ――それが、唯一の味方がいなくなったかもしれない、というストレスとは別種のものだということに浜面が気づいたのは、随分後のことだった。


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取り合えず好きなカップリングを1つのお題で書いてみようの巻その2
滝壺の好意に鈍感な浜面だと良いさ!


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