唐突に、目が覚める。視界よりも先に体の感覚で異常を察していた。体の節々が所々痛みを訴えている。どうやら眠ってしまっていたらしい。直前の記憶ではソファに座っていたはずなので、いきなり空間移動者として覚醒したのでなければ、そのままの格好のはずである。寝るのに適したポーズではないのだから、体が異常を訴えるのも道理と言えた。だが、それにしては気になる箇所がおかしい。
(…………あァ、)
そこでようやく一方通行は、自分に誰かが寄り添っているのに気づいた。肩と言うよりは下で、肘と言うよりは上。すなわち腕の辺りから小さな寝息が聞こえてくる。一方通行は体を動かさないように注意しつつ、視線だけを傍らに向けた。思った通り、打ち止めが一方通行の腕に寄りかかって眠っていた。豪快に涎の一つでも垂らしているかと思えばそうでもなく、落ち着いた表情だ。
(コレか)
殺風景とは言わないが、それでも物がそう多いわけでもない部屋のソファで寒さを感じなかったのは、どうやらかけられた毛布のおかげだったらしい。一方通行は、打ち止めがもたれ掛かっているのと逆の肩からずり落ちそうになったそれを肩の位置をずらすことで元に戻す。動きが大きくなってしまったが、打ち止めの眠りは深いらしく、起きる様子はなかった。
(こンなモンか)
毛布を見つめつつ心の中で呟く。反射を使えたのもあって、元々一方通行の周囲への注意力は高くはない。必要に駆られたとは言え、ここ数ヶ月の間に合わせで身につけた小手先の付け焼き刃に過ぎない。眠りこけてしまったのも注意力散漫ならば、毛布をかけられて気づかなかったのもそうである。当たり前だが、習性はそう簡単に直るものではない。
(………………)
 ため息をついて天井を見上げると、いつか打ち止めとしたやり取りが思い出された。


『あなた、寝てる時は可愛いね、ってミサカはミサカはくるくるってあなたの周りを旋回しながら言ってみたり』
『人が寝てる時に顔面近くでフラッシュ焚いてンじゃねェぞ、クソガキ』
『ふっふっふ〜、あなたの寝顔コレクションはミサカのケータイの中なのだ、ってミサカはミサカは、いひゃいいひゃい、くひひゃひんひゃう〜!!』
『オイ、ケータイ出せ。さっさと渡さねェならつねるの継続だ』
『いひゃ、ごめんなさいっ、ってミサカはミサカはケータイを差し出しつつ口だけでも反省の弁を述べてみる』
『………………オイ、テメェガキの癖にロックかけてンじゃねェぞ』
『ぶっぶ〜、子供は子供でも女の子です! ケータイはプライバシー満載なのです!ってミサカはミサカは女心の分かってないあなたに指摘してみたり!』
『寝顔はどォなンだよ!? 人のプライバシー無視しやがって』
『……ごめんなさい、ってミサカはミサカは謝ってみる』
『なンだよ、今度は随分素直だなァオイ』
『………………でもね、その写真消さないでほしい、ってミサカはミサカはお願いしてみたり』
『あァ?』
『あのね、ミサカはあなたの寝顔すごく安心するんだ、ってミサカはミサカはあなたの額をぺたぺた触ってみる。いつもあなたここにすごーく皺が寄ってるから、見てるこっちまで辛くなっちゃう、ってミサカはミサカは何気にあなたの人相の悪さの原因について種明かししてみたり』
『……オイ』
『寝てる時の人は素直なんだって。だからきっとあなたは――やさしいひとなんだよ、ってミサカはミサカは言ってみる』


(勝手に信じてろ、バカが)
打ち止めは知らない。あの実験の時、確かに一方通行が心の隅で抱いていたあの感情を。
 飛び散る血、投げ出される体、折れ曲がる手足――それを見て、歪む口元。
 あれを愉悦と呼ばなくて、何というのだろう。最初から人殺しを受け入れられたと言うと嘘にはなる。だが、ただ一人世界の敵であるかのように大人たちから銃を向けられた時点で希望は捨てた。残った人格や意地すらその後の過程でぐしゃぐしゃに壊れていった。揺らぐ感情の底に残ったのは絶望と揶揄と無関心、たったそれだけ。
 誰も彼もがそういう事態に陥るわけではない。他人が見れば不幸だと哀れみの目を向けるのだろう。だが、肉を裂き骨を砕き命を散らしたその時に発狂すらしなかった自分が果たして――人だと言えるのか。あのバカでお人好しな警備員や子供を救うために自らの身を晒した研究者、そして日溜まりの中で笑う子供と、同じものだと言えるのか。
(言えるか……言えねェだろ、バカが)
こんな明るくて賑やかで眩しい生活の中で、自分だけがどこまでも異質だ。そんな簡単なことにどうして誰も気づかないのだろう。
 色々考えていると、打ち止めが身じろぎをする。視線だけを向けると、まだ夢うつつらしく半分くらい目が閉じていた。一方通行は何も言わずに打ち止めに毛布をかけ直す。
「何だか今日はやさしいね、ってミサカはミサカはあなたの温かさにふにゃふにゃしてみる」
「気のせいだろ……つーか日本語になってねェぞ、クソガキ」
「……うん、訂正。あなたは『いつも』やさしいよね………………何だか、」
遠慮してるみたい、と小さな声で彼女は呟いた。

 毛布の中で寄り添っていた温かな体は再び寝息を立て始めている。一方通行はため息をついて立ち上がろうとして――服の端を打ち止めに掴まれていることに気づいた。まるで、行かないで、とでも言うように、小さな手は堅く握り込まれている。
「どこにも行かねェから、放せ」
耳元で囁くと、打ち止めは安心するようにふにゃりとした笑みを浮かべた。指の力がほんの少しだけ緩められるのが分かる。一方通行は打ち止めの体制が変わらないように慎重に立ち上がった。
「……どこにも、行けねェよ」
そう呟く。日溜まりに眠る子供は最初からそうであったかのように一人。誰も隣にいなかったかのように独り。それがあるべき『キレイ』な世界だ。

 それをまるで傍らにあるかのように、触れられるかのように信じてしまったのは、一体誰だったのだろうか?

「…………信じてンじゃねェよ」
そう、一方通行は吐き捨てるように言ってドアを閉めた。
『誰かと一緒にいたいから、って――』
いつか聞いた言葉を無視するように、一方通行はリビングを後にする。首筋のチョーカーを我知らず強い力で握りこんだまま。


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一方さんは不幸フラグを自らザクザク立てていく人だなぁと思わなくもない
打ち止めに早いとこ一方さんの不幸フラグをガシガシぶっ潰していってほしい
この話作る直前に見たのは『グループバスターズ!!』のはずなんですが、なぜこうなった…


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