いつの間にか、クソガキじゃなくなってた――時が過ぎるのは早いモンだ。

 欠伸をしながら洗面所に入ると、髪を弄っていたらしい打ち止めと鏡越しに目が合った。何故か顔を赤くしながら、どうぞ、とでも言うように彼女は脇に移動する。見たところ打ち止めが外に出る準備は粗方済んでるようだったので、一方通行は空けられたスペースに滑り込まずに後ろで佇んだ。すぐに終わるだろうから、無理に狭い場所を取り合うこともない。働かない頭で、ぼんやりと打ち止めを観察する。
 随分と背が伸びたと思う。黄泉川のマンションに二人して居候していた頃は背伸びしていた洗面台も、今では使いやすい高さになっているようだ。尤も、相変わらず落ち着きはないし、出るところが出てないし、色々と成長が足りてないところはあるが。
「あ、あの……見られてると恥ずかしいかな、ってミサカはミサカはあなたをちらちら気にしてみたり」
いつの間にか見つめてしまっていたらしい。振り返った打ち止めは困ったような、落ち着かなさそうな笑みを浮かべている。それが昔から知っている子供のイメージと全く重ならなくて、一方通行は視線を少し逸らした。
 最近――こういうことが多い。目の前をうろちょろしていたクソガキが知らない人間のように思える一瞬が増えて、顔には出していないものの時々戸惑ってしまう。ふと大人びた表情を見せたり、ふと甘えた仕草をしたり。そういった全てに、何だか落ち着かない。
「……もうちょっとかかるよ?ってミサカはミサカは断ってみる」
前髪を整えながら、打ち止めが言う。確かにさっきまでと少し雰囲気が変わっているが、外に出て風にでも吹かれれば一発で崩れてしまうだろう。何でそんなところに拘るのか……女ってヤツは良く分からない。
「オイ、あと何すンだ、オマエ」
「え、えぇと……色々」
「イロイロ?」
「お、女の子の変身には時間がかかるのっ!ってミサカはミサカは大主張!」
変身も何も、朝起き抜けと大きく違うのはせいぜい寝癖ぐらいだろうと思ったが、あえてそれは口にせず黙っておく。寝押しに失敗したらしいスカートの襞だとか、微妙に透けているキャミソールの柄だとか、気にすることは他にもあるだろうに、その辺りが微妙に抜けているのが打ち止めらしくて、少しホッとする。
 と、ようやく準備が終わったらしい打ち止めが話しかけてくる。
「ごめんなさい、交代、ってミサカはミサカはあなたを呼んでみたり」
おざなりに返事をすると、一方通行は洗面所に向かう。それと入れ替わるように、打ち止めがそのまま学校指定の鞄を取りに行くのが分かって――気づけば、一方通行は打ち止めを呼び止めていた。
「オイ、ベスト着ろベスト」
「え? 何で?ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」
「アー……まだ寒ィだろ」
ろくに確かめもせず、一方通行はそう言った。



「あ、」
「オ」
反射的に手を引っ込めてから、思わず顔を見合わせる。散乱したカップの欠片と、少しずつ床に広がっていく染み。単にカップに入れたコーヒーを持ってきただけなのに、何故こんな事態になってしまうのだろうか。
 ソファにあったタオルを取ってきてしゃがみ込むと、一方通行は零れたコーヒーを拭う。何とはなしに傍らを見ると、白い破片に手を伸ばそうとする打ち止めが見えた。その指が欠片を掴むか掴まないかの刹那、一方通行は打ち止めの手首を掴む。掴んでしまってから、子供だと思っていたその手が案外しなやかに伸びていて、けれども華奢な細さも持ち合わせていることに気づく。
「あ」
「ア、」
思わず口から漏れてしまった次に出た言葉も同時で、お互い黙り込んでしまう。一瞬遅れて、危ないだとか気をつけろだとか、言うべきことがいくつも浮かんできたが、今更口にしたところでこの雰囲気を払拭できそうにない。
「「………………」」
居心地の悪い沈黙だった。けれど、けして嫌ではないのがどうしようもない。背中がむず痒いような、頭を掻き毟りたくなるような、そんな甘ったるい感情が浮かんでくるなんて思ってもみなかった。

 だが気づいてしまえば、しっくりくるのだ――他にいない、と思えるほどには。

「何だか、変……ってミサカはミサカは困ってみたり」
「アー……まァな」
手首を掴み、掴まれたままの間抜けな格好で、二人して呟いた。


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家族→恋人、っていうのも通行止め的醍醐味じゃね?みたいな
ホントはもう一本ネタがあったんだけど力尽きたのでweb拍手お礼となりました
女の子の方が気づくの早いね、という話


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