瞼の裏のぼんやりとした色が思考に流れ込んでくる。起きているんだか寝ているんだか、脳は言葉よりも先に感覚を伝えてきて。
 ――ふと、異質な体温に気づく。
腕の中の小さな子供はゆっくりと鼓動のリズムで肩を上下させている。薄く目を開けると、普段から見下ろしているつむじが視界に入った。
(あァ……)
瞬きを繰り返して、夢から意識を乖離させる。くっついているすべすべとした素肌の感触が、少しだけくすぐったい。汗はすっかり引いてしまったようで、あれだけ熱を持っていた体だと言うのに、僅かに肌寒さを感じるくらいだった。
(そォだ)
腕の中に彼女が居て、疑いようもない記憶があって。
そこでようやく一方通行は、昨日、打ち止めと肌を重ねたのだと認識した。
(………………)
 予感は、なかった。全くと言って良いほどその選択肢は一方通行の中に存在しなかった。
 誰と、ではない。誰とも、だ。
 自分が誰かを抱けると思わなかったし、抱きたいと思ったこともなかった。そもそもこんな化物が人に触れたいなど馬鹿げてる――反吐が出る。
 故に、一方通行は星に手を伸ばしたりはしなかった。
 これまで、ずっと。



 バサリ、という音がして、ほんの少し意識が覚醒する。
(寝てた、か……)
指先から、さっきまで読んでいたはずの本の感触が消えている。探すように視線を床へやったところで、ふと違和感を覚えた。暗闇に目を慣らすと、細く伸びたドアの隙間の光が歪な形に切り取られているのが分かる。
「…………どォした」
小さな小さな人影。よく考えれば予想できる相手なんてそう多くはない。その一番可能性の大きな答えである彼女に、短く訊く。
「あなた、今日変だったね。何かあったの、ってミサカはミサカは尋ねてみる」
俯いたまま言われて、あぁ、と独りごちる。いつもいつも繰り返してきた、いっそ呪詛めいた強迫観念。

 ――どんなに呼んでも、聞こえない
 オマエに声が届かない

 だから、誰にも手を伸ばさない。それがどれだけ拗ねた子供のようなものであろうと、これまで生きてきた自分をそう簡単に変えることなど、出来るはずもなく。だから――
「オマエには関係ねェよ」
そう、一言で切って捨てるように言う。彼女の顔は見なかった、見れなかったと言う方が正しいが。
 ――だから、気づかなかったのかもしれない。
 天井が見えた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。
薄い布団一枚隔てた先の重みと、僅かに上気した肌。視界の端に映る、暗く揺れるカーテン。それら総てを“見上げている”のを認識したところでようやく、押し倒されたのだと気づく。
一方通行に馬乗りになった打ち止めはゆっくりとこちらに指を伸ばしてくる。その動きの一つ一つがまるでスローモーションみたいにくっきりと見えた。驚くくらいに静かに、だけれど鼓動が聞こえるほどの鮮やかさで、打ち止めはそっと一方通行の頬に触れた。
 緩やかに伝わる体温。触れている境界の感触が溶けるように消えていく。視線が、合う。無理矢理に合わされたのだと気づいた時には遅い。正面から見つめられれば、もう逸らせない。
「欲しいの、ってミサカはミサカは聞いてみる」
欲しい、というセクシャルにも取れる言葉が彼女の唇から滑り出したにも関わらず、驚くぐらいに心拍は穏やかだ。触れている体の柔らかさは、いつもと同じ――遠いままで。
「あぁ、違うんだね……あなたは、」

 抱き合いたいんだね、と。
 小さく子供は呟いた。

 その瞬間、鼓動が一つ跳ねて。
一方通行は、傍らの存在に、目を逸らしたくなるくらいに眩しい彼女に、手が届くのだと――そう、浅ましくも期待してしまう。
 手をそろりと伸ばして、そっと髪に触れた。大人びた、けれど少し震えた様子でじっとしている打ち止めをそのまま抱き寄せる。この小さな体を腕の中に収めたことなど数えきれないほどあるのに、何故だか初めて触れた気がした。圧倒的な現実感に、耳鳴りがするくらいの熱を覚える。

 抱きしめた星は、まるで今までずっとそこに居たかのように、腕の中に馴染む。

「……やっと、届いた」
そう短く打ち止めは囁いて、そっと安心したように目を閉じた。


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スパークで書き下ろした無料配布ペーパーの中身です(リサイクルすいませ
一応アンソロに寄稿した"starlet"と話が繋がってますので、
もしお持ちの方がいらしたらにやにやしていただければ…!




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