どうしたら良いのかよく分からなかった。何せガキに懐かれるなンざ人生初めてだ。


 病院を多少なりとも居心地良く思うなんて、どうかしてると思う。以前なら大勢がたむろする場所など願い下げだったはずだ。だが、良く考えてみれば心地良いと思えた処などない。寮の自室は戻るための部屋ではあっても愛着など湧きはしなかったし、現に今こうして離れていても恋しいとも何とも思わない。まぁ、襲撃を受けるような所に戻りたがるのはよっぽどのマゾか死にたがりのどちらかだろうが。
 真っ白な病室を見渡すと、一方通行は風にそよぐカーテンを鬱陶しげに振り払った。寝ることが回復するのに一番の早道だ、とあのカエル顔の医者は言っていたが、要するにこの学園都市の技術を持ってしても一方通行の病状は『お手上げ』ということなのだろう。
「…………チッ」
これまでなら余計な空気の動きやら目に眩しい日光やらは動くのに必要な範囲以外は全て反射していたのに、今はもうそれも出来ない。過ぎたことを今更どうこう思いはしないが、反射のない生活に慣れるのには苦労するだろう。邪魔臭くなって翻るカーテンを開け切ると外は呆れるほどの快晴だった。これまでなら余計な紫外線を……それはともかく。
「で、オマエは何してンだよ」
そこでようやく一方通行はぐだーっと彼の布団の上に体を投げ出している少女に目を向けた。10歳くらいのちょこまか動き回るアホ毛の立ったこの子供は、毎日飽きもせず一方通行の病室に通い続けている。
「もう秋なのにあーつーいーよーねーってミサカはミサカはクーラーを要求してみる!」
「ついこないだまで夏休みだったろォが。あと人の部屋来て文句言ってンじゃねェよ、クソガキ」
もうこの打ち止め(ラストオーダー)という名の少女と知り合ってから一週間以上経つ。その間交わした言葉といえば、打ち止めが7割、一方通行が3割だ。当初の一方通行は生返事ばかり返していたので話す割合は9:1くらいだったのだが、あまりに引っかかるところが多すぎる打ち止めのマシンガントークぶりに引きずられて、最近は喋る割合が上がっていた。
「あ、アイス見〜っけ!ってミサカはミサカは包装紙を剥がしてみる!」
ベッド脇の冷蔵庫をごそごそと漁っていた打ち止めが、右手にアイスを翳してにこにこと笑う。そのまま一方通行が断る暇もなく、ぱくり、と打ち止めは冷えたアイスに被りついた。
「……一言断れよ、クソガキ」
「むむ、このアイスは誰の差し入れだったかな?ってミサカはミサカは勝ち誇ってみたり」
「持ってきた本人が食ってンじゃねェぞ」
「それもそうかも……えぇと、食べる?ってミサカはミサカは今更ながら聞いてみる」
「要らねェよ」
差し出されたアイスを断って、一方通行は打ち止めの様子を眺める。一心不乱にアイスを食べている打ち止めは、そこらにいる子供と何ら変わらないに見える。否、何ら変わらないのだ――一方通行と関わっている部分以外は。こうやってもぐもぐと口いっぱいにアイスを頬張っている少女には――『彼女たち』には――本当ならこんな風に過ごす権利があったのだ、誰が何と言おうと。

 次の瞬間には、するり、と言葉が出ていた。
「……オマエな、逃げてもイイぜ?」

 顔を上げた打ち止めは目を見開いて一方通行を見る。その瞳に浮かんでいる色が何なのか、一方通行には良く分からなかった。困惑しているようにも呆れているようにも哀しんでいるようにも見える。一方通行はその視線を受け流さずに、そのまま淡々と続けた。
「俺は今こンなンだからよォ、逃げるなら今しかねェ。この先俺にいつこンな隙が出来るかわかンねェしな」
一度一方通行の演算処理にネットワークが組み込まれてしまえば、一度解け合ってしまえば、離れがたくなるのは目に見えている。けれども、目の前の彼女には一方通行から離れるという選択肢だってあるのだ。寧ろ、その方が自然だろう。『彼女たち』にとって、1人を救ったところで、1万人を殺したことに変わりはないのだから。

 妙に蝉の声が近くに聞こえる気がした。長い、長い沈黙の中、打ち止めはしばらく口を開かなかった。一方通行が後腐れなく彼女を追い出す言葉を考えてそれを口にしようとした直前、打ち止めはふっと口元を緩めて笑った。
「……あなたにそういう隙を作らないために、ミサカがいるんだよ、ってミサカはミサカは返事してみたり」
それはあまりにも大人びた笑みだった。体を乗り出した打ち止めは、ひたり、と一方通行の頬に指を寄せる。思ったよりずっと小さい手のひらなのに、一方通行は金縛りにあったように動けなかった。

 ほんの一瞬だけ唇に触れたのは、アイスクリームの残る甘い唇だった。

「……ミサカも、あなたとずっと一緒にいるために、ミサカたちのネットワークをあなたに『使わせる』んだから。あなたもミサカも結局同じなんだよ、ってミサカはミサカは笑ってみる」
するり、と触れられた時と同じくらいに唐突に、打ち止めの指は離れていった。床にストッと降り立った時には、打ち止めの表情は元の子供らしいそれに戻っている。また来るね、といつもの調子で言って、打ち止めは手を振りながら病室から出て行った。

 一人残された一方通行は、途方にくれて唇を拭った。アイスクリームの味は消えても、唇に甦る感触は消えない。
「…………一緒じゃねェだろ」
打ち止めはあんな風に笑っていたが、それでも誤魔化しきれるものではない。打ち止めが言っていた理屈は『一方通行と一緒にいること』が彼女にとって益がある場合にしか成り立たないのだ。
「…………そうじゃねェだろ」
まるで子供に刷り込むように――酷く単純な図式だ。打ち止めにとって一番近くにいたから。彼女と一番長く一緒に過ごしたから。勘違いを――最低の勘違いをさせてしまったのだ。
「………………ッ!」
衝動的に首元からチョーカーを毟り取って、壁に投げつける。何もかもが分からなくなる直前に頭に浮かんだのはそれでも――あの子供の笑顔だった。


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時系列的には病院送りになってた辺りを想定してたり……原作8巻くらいですかね
ちょっと冷めた関係の通行止めってあまり書いていなかったので書いてみた
何気に打ち止めが片思いですね、めずらし!


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