無言でお茶の入ったカップを押し出してやると、打ち止めはごくごくとそれを飲み干す。喉が上下に動いて詰っていたものを嚥下したであろうところを見て、一方通行はようやくため息をついた。打ち止めはすかさず二個目の餅にかぶり付く。
「む、やっぱりおもちは美味しい!ってミサカはミサカは、」
「こンの阿呆が! さっき詰ったンだろォが! 千切れ!」
「あ、そのお茶、一方通行のじゃん? 何気に間接キッスじゃん?」
「今年初めてのキスね」
「外野黙れ」
外野ですってよ、という表情で顔を見合わせる大人二人が我慢ならず、一方通行は思い切り大人二人を睨みつけた後、打ち止めの手元から雑煮の入った椀を取り上げた。不満そうな顔の残る打ち止めに、おせち料理を適当にぶっこんだ皿を差し出してやる。
 黄泉川家の元旦は所謂一般的な正月の風景――というものなのだろう、体験したことがないのであくまで教科書的な知識に過ぎないが――で始まっていた。ソファをいつもよりも少し横にどけたリビングには炬燵が設置してあり、所狭しとおせち料理が並んでいる。黄泉川と芳川が飲んでいる日本酒は一升瓶であるにも関わらず半分ほどがなくなっており、二人とも良い具合に『出来上がって』いた。さっきからからかうような発言が多いのはそのせいだと思いたい。いつもと殆ど変わらない気もするが。
「……なるほど、栗きんとんにかまぼこに伊達巻、ね」
「子供の好きそうなチョイスじゃん」
打ち止めに渡した皿を覗き込んでニヤニヤしている大人を無視して、一方通行は黙々と餅を切り分ける。箸で餅を分けるという作業は実は結構面倒なものだ。明らかに煮える前の固い状態で処理をした方が効率的なはずだった。
(こんなガキもいンだから、餅の大きさにくらい気ィ使えってンだ)
心の中でぶつぶつと文句を言いつつ、一方通行は適度な大きさに餅を分け終わった椀を打ち止めに返す。
「ホラよ。逆箸にしてやったから気にすンな。っつーか今度からガキには粥で十分だ、粥で!」
「あら、間接キス発言が気になるのね」
芳川の台詞は取り合えず無視した――正月から相当な無理が必要だったが。


 正月は炬燵、みかん、隠し芸、という年寄り臭い発言のオンパレードな黄泉川と芳川を置いていく形で、一方通行と打ち止めは出かけていた。初詣に行きたい、と駄々をこねる打ち止めについて行けるのが一方通行しかいなかったからだ。雪の上で二、三回、杖を突いて具合を確かめてから、マンションを出る。
「およ、どこに行くの、ってミサカはミサカはあなたに尋ねてみたり」
「そっちの神社デケェだろォが。人多いンだよ」
十字路で右に向かおうとした打ち止めの手を引くと、一方通行は左の方向へ歩き出す。いつもよりも多い人通りは、残らず二人と反対方向へ向かっていた。神社があるような古い町並みから離れてしばらく歩けば、閑静な住宅街が視界に広がり始める。昨夜のうちから降り続いていた雪は積もってはいたが、住宅街ということもあって乱れた轍に汚されていた。再び凍りかけた道は歩きにくいが、杖の調子は悪くない。転びかけた打ち止めの手を握りなおした一方通行は辺りを見回した。元々記憶力も高い一方通行はそうそう道を間違えたりはしない。目的の階段を見つけて、打ち止めにも登るように促す。
「確かこの辺り……なンだ、こンなチャチだったか」
階段を登りきったところにあったのは、記憶より幾分か小さく思える社だった。辺りには誰も居ない。それどころか、恐らくここ最近誰も足を踏み入れていないであろうことは、階段に足跡がついていない時点で想像できた。まぁ、一方通行以外ロクに知らないであろうところを選んだので当然ではある――何故そこにこのクソガキを連れてきてしまったのかは分からないが。
「……これは神社って言うより祠じゃないのかなぁ、ってミサカはミサカは呆れ……わぁ、この辺りの雪きれい!ってミサカはミサカは陣地取り合戦モード!」
「なンだァ? オマエデケェ鈴でも鳴らしたかったンかよ?」
そう問いかけた時には、打ち止めは辺りの白い雪に足跡をつけるのに夢中になっていた。社の両側は狭いながらも空き地になっていて、打ち止めはそのうちの片方を走り回って余すことなく小さな靴で型をつけている。
(……ガキは無邪気なモンだなァ、オイ)
 手招きしながら飛び跳ねる打ち止めを手で払う仕草で袖にしつつ、一方通行はため息をついた。


 一頻り運動したところで、打ち止めのお腹がぐぅ、と鳴る。雪に合わせた厚着であるにも関わらず傍らの一方通行にもしっかり聞こえた辺り、恐らくかなり大きな音だったに違いない。打ち止めは赤くなりながら、一方通行の服の裾を引っ張った。
「お腹空いたね、ってミサカはミサカはごまかしてみる」
「何も誤魔化せてねェよ。アー……そろそろ戻るか」
とは言え、一方通行もそれなりに空腹だった。結局何だかんだ言って打ち止めの『作業』に巻き込まれたので、それなりに手足を動かしてはいる。
 空き地の真ん中に鎮座した雪だるまは、周りの雪の半分以上を巻き込んでおり、所々に土が混じっていた。大きいの方の体の部分はこれ以上ないくらいにきっちりした球だった。それに比べて、上の顔の部分はやたらと豪快な作りで所々がガタガタとした直線を描いている。どちらがどちらを作ったのかは明白だった。
 雪の中に倒れていた杖を拾い上げると、一方通行はいつも通り腕に装着し直した。傍らの打ち止めは、何を思ったかアホ毛をピンと伸ばしつつ沈黙していたが、やがてピコーンと音が出そうな勢いで目をキラキラさせてこっちを振り返る。
「近くの神社の屋台で何か食べれるらしいってミサカはミサカはすごい情報をキャッチしたり!」
「……オマエら、ホントくっだンねェことでネットワーク使ってやがンな」
呆れつつ、一方通行は仕上げ、と言わんばかりにその辺りにあった石を適当に雪だるまの上の玉の方へ突っ込む。何を思ったか、赤いのはないの、と打ち止めが聞いてきたが、赤い石なんぞ道端に落ちているわけがないので首を振った。一瞬残念そうな顔をした打ち止めだったが、気を取り直したように一方通行に笑顔を向けてくる。
「あ、あのね。あの神社は縁結びで有名らしいよ、ってミサカはミサカはご機嫌であなたに伝えてみたり!」
「あァ、そりゃ良かったなァ」
一方通行の気のない態度を気にする様子もなく、打ち止めは一方通行の手を握る。
「でもね、ミサカの願い事は、あなたがいれば叶っちゃうから、今お願いしとくね、ってミサカはミサカはあなたを予約してみたり」
「……何考えてンのか知らねェが、気が向いたらな」
二人はいつも通りの言い合いを繰り広げながら歩き出す。

 後には、二人の作った雪だるまだけが、再び降り始めた雪の中に残されていた。


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はい、姫始めはないからね! 皆よろしく!!
えぇと……一応ね、姫始めって正月に柔らかいご飯(お粥?)を食べることを言うらしいから(←それもやってない
エロースなことは夫婦になってから、ね!
最初は縁結びの神社に行きたかった打ち止めと、自分だけが知ってる場所に連れて行く一方さん
一方さんは神社に行かなさそうだよな、神頼みとかないよな、というのが裏事情にあったりなかったり


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