その美人さんの乳揺れと言ったらそりゃあ見物だった。思わずお客だってのを忘れて見入っちまったもんね。夏祭りと言えば浴衣、浴衣と言えば貧乳が似合うってわけで、普段は綺麗に浴衣着こなしてる貧乳のオンナノコに目が行くんだが、これは反則のボリュームだ。しょうがない。
「だああああああー、当たんないじゃん! これ詐欺じゃん!? 全然飛ばないじゃん!?」
と言うか乳でかい。ホントでかい。詐欺って言われた気がするがそんなこと気にしてる場合じゃない。
「店員さん、次!」
「はっ?」
「次、よこすじゃん」
闘争本能に火がついたのか、美人さんはこっちに思い切りずずいと手を出していた。あぁ、また追加か。そういやさっきからポンポン撃ってたもんなぁ。俺は脇に置いていた新しい空気銃を美人さんに渡した。いるんだよなぁ、熱くなる客。美人さんは銃を受け取ると今度は幾分慎重に狙いを定め始めた。
 かれこれ射的屋に弟子入りして3年くらいになるが、俺には分かる。あの美人さん、まず狙い通りにタマを飛ばせない。構えがなってないし、あのやり方じゃ遠くまで飛ばないのだ。
「ヨミカワ、あれあれ! ゲコ太が良いよ!ってミサカはミサカはおねだりしてみたり」
さっきから身を乗り出して美人さんの的当てを見ていたガキンチョが言う。美人さんの子供……じゃないな。せいぜい姪ってとこか。美人さんの子供にしちゃちょいとでかすぎるし、そもそも全然似てない。
 美人さんは黒髪を長く伸ばした乳のでかいオネーチャンで20代後半と言ったところ。いかにもサバサバチャキチャキした明るそうな感じだ。一方ガキンチョの髪の毛は茶色っぽいし、体つきが貧相だった。明るく騒いでいるトコは美人さんに似てなくはないが、どう考えてもあのデカさに成長するようには見えない。結論……多分血、繋がってない。
「む、むむ……届かないなぁ、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり」
ガキンチョがねだっているのはゲコ太ってカエルのぬいぐるみだ。確かにこのガキンチョくらいの小学生には人気がある。大きめのぬいぐるみで当たってもまず倒れない部類の、上級者向けの景品だったりするから、実は過去にそいつを貰っていったお客はいない。はは、美人さん、ガキンチョ。相手が悪かったな。
「次!」
「ヨミカワー、頑張ってくれてるヨミカワにはほんとにほんとにほんとーに言いにくいんだけど、ぜんぜん当たらなさそうだからもういいよ、ってミサカはミサカは……ってもうヨミカワ聞いてない! 修羅の顔だよ!ってミサカはミサカはツッコんでみる!」
美人さんは無言で次の銃を要求してくる。そろそろストックがなくなりかけてきてるので、俺は取り合えず熟練の技で素早くコルクを詰めて渡す。要求、渡す。詰める、詰める。要求、渡す。おいおい美人さん、お代は大丈夫か? そう他人事ながら(正確に言うと生活かかってるから他人事じゃないんだが)心配してると、背後からひょいと声がかかった。
「あら、愛穂。随分熱くなってるのね」
顔を出したのはこれまた若い美人さんだ。でも射的に夢中になってる美人さんがオネーチャンって感じなら、こっちの美人さんはオネーサンって感じ。肉感的でグラマーなオネーチャンに対して、オネーサンはすらっとした体に浴衣が良く似合っている。
 我に返ったらしい美人さんはようやく手にした空気銃を下ろして、もう片方の美人さんに話しかけた。どうやら知り合いらしい。
「桔梗ぉー、これ全然当たらないじゃん!? もうかれこれ10分以上撃ってる気がするのに……」
「そもそもこういうのは大抵当たらないように出来てるのよ」
あ、それ言っちゃオシマイですぜ、オネーサン。流石にこれ以上撃つ雰囲気じゃなくなったので、俺はオネーチャンにお代を要求した。オネーチャンの顔が引きつったのが分かったけど、そ知らぬ振りして札を手渡されるのを待つ。オネーチャンの横からとてとて離れたガキンチョはオネーサンの方に話しかけていた。
「あのひと見つかった?ってミサカはミサカは聞いてみたり」
「ざっと見てみた限りはいなかったわね。人ごみ好きじゃなさそうだしどこかで休んでるんじゃないかしら」
「……あのひと、まだミサカの浴衣に何にも言ってくれてない……ってミサカはミサカはぷんぷんしてみる」
拗ねたようなガキンチョの顔が何だかおかしい。浴衣……まぁ確かにガキンチョも浴衣を着ていた。明るいオレンジの浴衣で、元気なガキンチョに良く似合ってるとは思うが、かと言って別にわざわざ可愛いとか言ってやらないとダメな歳にも思えない。が、ガキだろうが女は女。どうやらイッチョマエに恋してるらしい。
「照れてるだけよ」
「うん、照れてるだけじゃん」
オイオイ、こんなガキンチョに照れてるのかよ。相手がどんなヤツかは知らないが、よっぽどの純情野郎だなそりゃ。
 盗み聞きが出来たのはそこまでだった。泣く泣く代金を支払ったオネーチャンが少し離れた二人に合流すると、オネーチャンとオネーサンとガキンチョは騒ぎながら遠ざかっていく。ふむ、良い稼ぎになったな。あ、けどもうちょっと乳揺れちゃんと見ときゃ良かった。
 まぁともあれ、しばらく客は来ないだろう。確実に物にありつける食い物の屋台と違って、景品系の屋台はぶっちゃけそんなに流行らない。やれやれ、しばらくコルク詰めでもやるかな――そう思った時、ふらりと軒先にまた客が現れた。
「オイ、やってンのか」
横柄な声にムッとして顔を上げると――犯罪者(仮)がいた。あぁヤベェ何人か殺してそうだ。
 そこに立ってた客は今まで見たどの客ともタイプが違った。全身白と灰色でまとめていて、目だけが真っ赤だ。絶対カラコンじゃない。もう明らかにカタギの人間じゃない。
「あ、は……はい。やってます」
思わず敬語になってしまった。
「……どうせあのカエルだろ」
ぼそりと独り言を言った犯罪者(仮)は、500円玉を指で弾いてこっちに渡してきた。どうやらやっていくらしい。どういう風の吹き回しだよ、こんな遊び、本業の人間がやってくもんじゃないだろ。まぁとは言え客商売。断るわけにもいかないので俺は新しい空気銃を差し出した。
 じろじろと犯罪者(仮)はでかいぬいぐるみの方を見たり、空気銃を確かめたりしていたが、そのうち空気銃を徐に構えて、徐に撃つ。
「あ…………」
と言うか驚いた。ホントに本業じゃないか、と思うくらいに無駄のない動きで――気づけばカエルのぬいぐるみが仰け反っていた。……って言うか一発だよ。さっきのオネーチャンの何分の一だこれ。
「オイ、」
「あ、ハイ。スンマセン」
慌てて倒れたぬいぐるみを袋に詰める。さっきのオネーチャンがあんだけ損してくれなきゃ軽く赤字出るところだった。犯罪者(本業)はぬいぐるみを受け取ると、空気銃を返してきた。
「残り撃ってかないんスか?」
聞くと、
「飽きた」
スパッとした答え。犯罪者(本業)はぬいぐるみの入った袋を背負ってさっさと屋台から出て行った。
「……何だったんだ、あれ……」
僅か5分程度の出来事が、夢みたいに思える。俺はちらっと流れていく人ごみに目を向けた。ちらちらと見え隠れする白い人影とあまりにもマッチしてないミドリのカエルがシュールすぎて、思わず噴き出してしまった。


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(大人たちにからかわれるのが嫌で)一緒にお祭を見て回らない一方さんが不器用な人ですよって話でした
時期外れにも程がある…
あ、あと乳揺れとか下品でごめんね、よいこの皆さん!


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