寒い夜でも、寒くない夜でも。ふとした時にそこに戻りたくなる。


 木枯らしが一瞬首筋を乱暴に嬲っていって、一方通行は首を竦めた。外に出てからというもの、冬の寒さは容赦なく体から体温を奪っていく。太陽が出ている日中は多少マシなのかもしれないが、今のような夜中では暖を求めようがない。乾燥しかけた唇を舌で湿らせた途端、冷たい空気が嫌というほど口元に感じられた。
(……クソ寒ィな……)
舌打ちすることすら億劫で、一方通行は心中で呟くに留める。とは言え、戻るべき家まではもう遠くない。一方通行は視線をゆっくりと上げて部屋に明かりが付いていないことを確かめる。あの子供はきっと暖かい部屋の中でぐっすり眠っていることだろう。口元に僅かに浮かんだ笑みを押さえて、一方通行は少しだけ歩くペースを上げた。


 なるべく音を立てないようにしてドアを開ける。部屋の中に細く射していく明かりの先に、ベッドの布団にくるまって子供が寝息を立てているのが見えた。近寄ると、規則正しい呼吸が聞こえてくる。
「…………」
タダイマ、だとか、遅くなった、だとか。そういった言葉を一方通行はかけたことがない。大抵彼女は眠っているので、起こすようなことをするのは気が引ける、というのはある。だが彼女が起きていたところでそうするかと言えば、答えはノーだ。一方通行はどうしても家族めいた行動をすることに抵抗がある――例えそれが打ち止めに対してであっても。
 ドアの隙間からさす光を背にしてベッドの傍らに膝立ちになると、一方通行はそっと打ち止めの頭を撫でた。しんと冷えた部屋内であっても、子供の体温は少し触れるだけでも分かるほど温かい。もう一度撫でようとしたところで打ち止めがむずがるように寝返りを打ったので、一方通行は反射的に手を引っ込める。
(………………)
そのまま、一方通行は手を下ろす。さっきまで自分の体から立ち上っていたであろう暴力と血と埃の匂いがまだ落ちていないような錯覚がして、それ以上彼女に触れることが出来なくなる。一方通行は立ち上がって一つため息をついた。
「……寝相悪ィ癖に端に寄ってンじゃねェよ」
子供らしく豪快に寝る打ち止めだが、一方通行のベッドに入り込むようになってからはどういうわけか"お行儀良く"ベッドの奥半分で寝ていることが多い。ベッドが占拠されてしまっていれば別のところで眠れるのに、如何にも自分が寝るためであろうスペースを空けられてしまっている。
「バァーカ」
その言葉は誰に向けたものか――自分に向けたものか、打ち止めに向けたものか。それすら分からないまま、一方通行はベッドの手前半分に体を滑り込ませる。
(……暖っけェな……)
その温もりに罪悪感を感じながら、一方通行は静かに眠りについた。


 打ち止めは薄く目を開けて、眠る一方通行の顔を見る。呼吸の規則正しさから考えて、彼はもう寝入ってしまっているのだろう。ちょっとやそっとのことでは起きそうにない。
「……ホントに馬鹿なんだから、ってミサカはミサカは呆れてみたり」
彼がいつまでもぼんやりとした不安を抱いたまま自分に近づけないと思っていることを、打ち止めは知っている。それが彼が夜中に未だ"そういった仕事"をしているせいなのか、それとも他のことが関係しているのかは分からないが。
(ふーんだ、ってミサカはミサカは口を尖らせてみたり)
守られるだけの存在になってしまっている今の自分に一方通行はなかなか負担をかけようとはしないだろう。ただ傍に寄ることすら躊躇している彼が、自分を頼ってくれるのは一体いつになるのだろう――そのことを思うと、時々打ち止めは気が遠くなりそうになる。
(……それでも、)
そっと彼の色の抜け落ちてしまった髪の毛を撫でる。カーテンの隙間から落ちる月明かりに照らされたそれは、透けるような銀色をしている。一方通行の髪の色がそんな風になること、触ればとても柔らかいこと、その癖意外と傷んでいること――そんな一つ一つのことを確かめられるくらいには、傍に居させてくれる。

 そんな、彼の隙が打ち止めにはたまらなく嬉しいのだ。

「…………ン、」
少し強めに撫でてしまっていたのか、一方通行が眉を顰める。打ち止めは目元にだけ笑みを浮かべると、体を布団の中に潜り込ませた。二人分の体温で、布団の中はじんわりと暖かい。体を寄せると、また、ン、という声がする。打ち止めはそれを聞いてまた笑う。


 せめて、あなたの場所を作って待ってるから。
 いつもここに帰ってきて。

 ねぇ、だから――いっしょにねようよ。


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一緒に眠るだけの話…長らく放置した挙句にこんなのでごめんなさいね!
別にえっちなことをするわけでもないくせに布団の中に入るだけで散々悩む一方さん…
本当にうちのもやしは安定のヘタレ具合である


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