「お前はもう死んでいる! ってミサカはミサカはあなたの額の真ん中を突付いてみたり。こういうの、ヒコウって言うんでしょ、ってミサカはミサカはさっき覚えたばっかりの漫画から得た新用語をあなたに自慢げに披露してみる!」

 確かに、心臓が止まるかとは思った――全く別の理由からだけれども。



 外に遊びに行った打ち止めが帰ってきたのは、ぎりぎり夕方とも言っていい時間帯だった。またいつぞやのように事件に巻き込まれないか、と内心気にならないでもなかった一方通行だが、成り行きで同居している残りの二人に過保護扱いされるのは目に見えていたので、適当に見送っていた。

 戻ってきたらしい打ち止めが、玄関から足音を立ててこっちに向かってくるのが分かる。程なくして、勢いよくリビングのドアが開け放たれた。
「ただいまー、ってミサカはミサカは元気よく帰ってきた挨拶をしてみたり」
「……そんなデカイ声で言わなくても聞こえるンだよ」
ドアを開け放したまま近寄ってきた打ち止めに、一方通行はおざなりな返事を返す。さっきまで読んでいた雑誌に最早目を通してはいないが、一応ページだけは機械的に捲っていた。視線も手元に固定したままだ。
「あれ、もしかしてあなたはご機嫌斜め? ってミサカはミサカは少し首を傾げてみたり」
打ち止めは訝しげな顔をしながら一方通行の方を覗き込んで言う。ようやく打ち止めの方を向いた一方通行は、ため息をつきながら雑誌を傍らのテーブルに置いた。
「言いがかりつけンな、クソガキ。あと平然と上に乗ってくンな」
ソファに寝転んでいる状態の一方通行に半分くらいよじ登る勢いで、あっという間に打ち止めは彼の体の上を陣取ってしまう。能力のせいで貧弱、というカテゴリーに分類される一方通行だが、流石に打ち止め程度の体重ではあまり負担にならない。とは言え、こんなに体のくっついた状態で他人と接することのない一方通行は、少しだけ落ち着かない気分になった。
「今日は面白いことを聞いてきたんだよ、ってミサカはミサカはあなたにこの感動を分けるべく報告してみる」
だが、そんな一方通行に気づかないのか、打ち止めは嬉しそうにばたばたと一方通行の上で身振り手振りを加える。こうなるとただの手のかかる『クソガキ』なので、一方通行はいつもの調子で冷たく返した。
「あァそうかよ、良かったなァ」
「わぁ、本当に興味がなさそう、ってミサカはミサカはちょっと挫けそうになってみる。でも、こんなことで挫けてたらあなたと喋ることなんて出来ないもんね、ってミサカはミサカは思い直してみたり」
「思い直すな、クソガキ」
取り合えずちょっと近づきすぎな顔を手で遠ざけると、一方通行は上半身を起こした。あまり打ち止めのことを考慮しない行動だったからか、バランスを崩しかけた打ち止めは慌てて一方通行の胸元にしがみつく。
「もう少し気をつかってほしいかな、ってミサカはミサカはあなたに主張してみる」
「……数分前から今にかけてのオマエの行動思い出してみろ」
悪気のない顔で見上げてくる打ち止めに、一方通行は僅かに舌打ちした。悪気がないからこそ困ることが世の中には多いのを、最近少し理解し始めた一方通行である。
「今日はね、下位個体と一緒に漫画を読んだんだ、ってミサカはミサカはあなたに報告してみる。それでねそれでね、って話を続けようと頑張ってみるけど、あなたは相変わらず興味がなさそうってミサカはミサカはちょっとしょんぼりしてみたり」
「分かってンならイチイチ言うな」
ため息をつきつつ適当にあしらう一方通行だが、そんな彼の態度にめげない打ち止めはあれこれ話を続ける。やれどこにいた猫が変な名前だっただの、やれどこで打ち止めと同じくらいの『子供』がタバコを吸っていて補導されかけたのに何故か釈放されていただの、基本的には取り留めのない話ばかりだった。


 話しているうちに打ち止めは何かを思い出したらしく、ぱぁっと顔を輝かせた。
「そうそう、ちょっと動かないでね、ってミサカはミサカはあなたに宣言してみたり!」
少し考え込むような素振りを見せた後、打ち止めは徐に一方通行に顔を近づける。唐突な行動にギョッとする一方通行だが、打ち止めは全く意に介さない。どんどんと顔は近づいていって――
「ッ……!!」

「お前はもう死んでいる! ってミサカはミサカはあなたの額の真ん中を突付いてみたり。こういうの、ヒコウって言うんでしょ、ってミサカはミサカはさっき覚えたばっかりの漫画から得た新用語をあなたに自慢げに披露してみる!」

 確かに、心臓が止まるかとは思った――全く別の理由からだけれども。


 額に当たった感触は、小さな打ち止めの指先だ。顔と同時に指を近づけていたらしい――そんなことに、一方通行は後から気づく。
(ありえねェ……)
 本当にありえない、と一方通行は自分の行動に愕然としてしまった。


 なぜなら、一方通行は――目を瞑ろうとしてしまっていたのだから。


「な、何何、どうしたの!? ってミサカはミサカは急にがっくりと肩を落としたあなたに尋ねてみたり。大丈夫? ってミサカはミサカはあまり大丈夫そうじゃないあなたに更に畳み掛けてみる」
大よそ立ち直れないくらいに肩を落として頭を抑えた一方通行は、なるべくさっきの自分の行動を思い出さないようにするために、打ち止めから顔を背けた。目を開ければいつものクソガキの顔が目に入るのは分かってる。分かっているけれども、どうにも今はそれを避けたい、と一方通行は感じていた。
「? 何だかあなたの行動が変、ってミサカはミサカはますます心配になってあなたの顔を覗き込んでみたり」
急にまた顔を近づけられた一方通行は、咄嗟に打ち止めから体を離した。けれども、それは全く打ち止めのことを考えない反射的な行動だ。
「きゃぁ、ってミサカはミサカはー!!」
一方通行が急に動いたせいで、バランスを崩した打ち止めは後ろへ倒れてしまう。服を捕まえられたままだった一方通行も釣られるように一緒に倒れこんでしまった。
 ガタッ、という大きな音が他に誰もいないリビングに響き渡る。柔らかいソファから投げ出された状態の二人は、残らず床で体を打つ羽目になった。
「いたたたた、ってミサカはミサカは倒れこんだ状況を把握しようときょろきょろしてみ……」
そこで打ち止めの言葉が止まった。訝しく思って、彼女の視線が動かなくなっている辺りを目で追った一方通行は、そこで気づく。

 思いっきり手が打ち止めの胸元に触れていた――






「…………オマエ、本当に洗濯板だなァ」

 ――触れてはいたものの、およそ女の子らしさからはかけ離れた薄い、としか言いようのない感触だったので、逆に冷静になってしまった一方通行である。
「な、ななな、何で人の胸を触ってるのにそんなに平然とした顔なのー!? ってミサカはミサカはあなたの酷さに驚愕してみたりッ!」
「なンつか、ホントにガッカリな感触だからだっつの。ったく、ガキなだけあンなァ」
触られている方の打ち止めは硬直していたが、一方通行は逆にいつもと全く同じ調子に戻っていた。体の他の部位と比べるためか、ぺたぺたと打ち止めの体のあちこちを触る。遠慮なしのその行動は、一方通行が本当に今の状況を何とも思っていない、という何よりの証拠だった。バッと慌てて一方通行から離れた打ち止めは、少し涙目になって言う。
「すっごくすっごく傷ついた、慰謝料を請求したい! ってミサカはミサカはあなたに一方的な要求をつきつけてみる!」
「ンなこと言うくらいなら頑張って成長しろっての」
呆れた顔で一方通行は呟いた。


-------------------------------------------
洗濯板に我に返る一方さん。サカザキの完全なる趣味です
一方さんはロリコンかもしれないが、ロリコンじゃなかったらこんな感じだろうと思う
ラブコメを書こうと思い立って書き始めたらこんな話になった
今では反省……していない


inserted by FC2 system