何でこんなところにのこのこと来てしまったのだろう、とウィリアムは心の中で思った。半分くらいは親友のせいで、半分くらいは……自分のせいと言える。どうにもこういった場は落ち着かない――煌びやかで、華やかで、粛然としていて――なのにどこかしら拒絶されるようだ。かつて紋章を辞退したのは正解だったと言えるだろう。自分だけの為ならば、こんな雰囲気に耐えられる気がしない。
 宮殿の中は、第三王女の誕生パーティーで賑わっていた。『人徳』の第三王女と言われるとおり、花束もプレゼントも贈り主は様々だ。大企業や隣国の王家から贈られているものから、孤児院や病院から贈られているものまであり、それが大広間だと言うのに所狭しと並べられている。今更ながら自分の場違いさが際立っているように思えて、ウィリアムは壁際で一人、何をするでもなく佇んでいた。ヴィリアンへの挨拶は済んでいない。本来なら一番最初にするべきことなのだろうが、常に人垣に囲まれている『今日の主役』へ近づくことは何となく憚られた。距離はほんの5メートルほど、それなのに、輪の中心にいる姫君と自分とはこんなにも離れてる――離れているように思える。
「…………どうしたものであるか」
そう呟いたところで顔を上げると、ちょうどこちらを見ていたらしいヴィリアンと目が合った。彼女の目が大きく見開かれるのが分かる。身長の高いウィリアムは、広間を見渡す機会さえ持てれば、とても見つけやすいようだった。意を決して第三王女の方に進む。一歩近づくたびに周りの人垣が引いていく。
 程なくして、ウィリアムはヴィリアンの前に立っていた。見上げてくる彼女の瞳はどこか緊張を含んでいる。それが伝染してか、ウィリアムもなかなか唇を開けない。
「……………………おめでとうございます」
やっとのことで無愛想にそのたった一言を呟くと、目の前の王女が虚をつかれた様な顔をするのが分かった。そのまま他の言葉が思いつかず黙り込んだウィリアムに、小さな声が答える。
「覚えていて、くれたのですね」
彼女がほっとしたように笑うのを見て、ウィリアムは頭を下げる。何か続けようとした第三王女は、しかし再度寄ってくる人の波を邪険にも出来ず、そのまま集団に巻き込まれていってしまった。
「………………」
ウィリアムは最後にちらりと第三王女の方を一瞥すると、そのまま広間を辞した。


 喧騒を離れてポーチへ出ると、先客が居た。親友であることは気配だけで分かる。差し出されたワインのグラスを断り、ウィリアムは騎士団長に倣って手摺にもたれかかった。幾分寒い時期ではあるが、広間の熱気に当てられた身としては、吹く風が心地良い。
「意外と『新聞屋泣かせ』なのだそうだ」
しばらくして騎士団長が口を開く。この男が独り言のように呟くのを何度も見ているので、特に相槌を打つこともなくウィリアムは続きを促した。
「ヴィリアン様はいつでも微笑んでいらっしゃるが、何となく作り物めいているように見えるらしくてな」
写真だとますますそう見えるそうだ、と騎士団長は付け足した。
「……何が言いたいのであるか」
「明日の一面は、久しぶりにヴィリアン様の本物の笑顔が掲載される、ということだな」
ウィリアムの言葉に、気障ったらしくワイングラスを掲げて騎士団長は答える。
「では、私も挨拶をしてこよう。プレゼントもまだお渡ししていないからな」
「…………」
そこでウィリアムはプレゼントの一つも持ってこなかった自分に気づいた。だが元々思い及んでいたところで、用意できていたかは怪しいところだ。否、恐らく考え込みすぎてこの場に来ることすら出来なかったに違いない。同じ考えだったのか、騎士団長は特に咎める様子もなく笑った。
「お前がそういうところに気の回らない男だということは、ヴィリアン様もご承知だろう。まぁ私に任せておけ」
わけの分からない台詞を残して、親友はそのまま彼を置いて入れ替わりに広間の方へ去っていった。

 ――無口な傭兵と内気な姫君が、パーティーが終わった後にほんの少しだけ言葉を交わしたこと、そしてその時に姫君が見せた控えめな笑顔が極上のものであったことは、当人達しか知らない。


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プレゼントはウィリアムでしたというオチ……!
うちの騎士団長は本当に他人の恋路が大好きすぎるよ、将来見合いババア(ry
無口な傭兵は、語る方がちょうど良いと思うのです


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