普段はあっけらかんとしている家主の表情が曇っていた。一方通行と打ち止めは会話を止めて、顔を見合わせる。二人にとってこの行動は珍しいことだったが、黄泉川の表情はそれに輪をかけて珍しい。洗面所から出てきたらしい黄泉川は、青い顔で同居人たちを見回した。
「……しまったじゃん」
「どうかしたの? ……と言うか、今日はまだ出なくて良いのね」
最近は忙しいらしく、黄泉川は朝早く出ていき、帰りも割合遅い。現在失業中……俗に言うニート状態の芳川はのんびりしたものだが、黄泉川はいつもならそろそろ出ていってる時間だ。それでもやたらと堂々とした態度なのが芳川らしいが。
 朝のリビングでこうやって全員が顔を合わせるのは珍しい。打ち止めはお世辞にも早起きとは言えないし、一方通行は気が済むまで寝る性質だ。芳川に至っては昼夜が逆転しているというか、寧ろ生活時間に法則などないに等しい。つまり現在この家で、まともに活動しているのは黄泉川しかいない有様なのだ。そして、その唯一規則正しい生活をしている黄泉川は、そのままでは到底出勤できないであろうヨレヨレになってしまっているジャージ姿で立ち尽くしていた。
「出てけないじゃん」
「? どういうこと?ってミサカはミサカは不思議に思ってみ……ックシュン」
打ち止めが一つくしゃみをする。
「服着ろバカ」
一方通行が打ち止めの頭を叩く。彼女はバスタオル一枚纏っただけの姿でリビングをうろうろしていたところだった。大人用のバスタオルにすっぽり包まれているのと凹凸のない体つきなのとで特に目のやり場に困ることはなかったが、湯冷めしそうなのはいただけない。過保護、という言葉が一瞬頭の端をよぎっていったが、同居人が風邪を引くと面倒だからだ、と自分に言い聞かせて、一方通行はすたすた洗面所へ歩いていく。と、
「クソガキ、オマエも来ンだよ」
「え、ミサカはさっきお風呂に入ったばっかりだよ、ってミサカはミサカはあなたに言ってみたり」
「足下に水たまり作ってるヤツが何言ってンだ。髪乾いてネェだろォが」
「……ドライヤーは熱いからいやだなぁ、ってミサカはミサカは、」
「使い様なンだよ、あァいうのはよォ」
一度頭をチリチリに焦がしたのが余程衝撃的だったのだろう。打ち止めは未だにドライヤーに苦手意識を持っている。髪を自然乾燥に任せている打ち止めをいつもは放っておいているが、風邪を引きかけてる時は流石に不味い。
「オイ、さっさと」
言いかけたところで、ぐい、と一方通行は後ろへ引っ張られる。振り返ると、肩を掴んだままのポーズで神妙な顔をした黄泉川がこっちを見ていた。……何だか、嫌な予感がする。
「服、貸してほしいじゃん!」
「……ハァ?」
勢い良く下げられた黄泉川のつむじが見えた。



「なンで揃いも揃ってズボラなンだよ」
「面目ないじゃん」
「あら、これは酷いわね」
「……桔梗、気づいてなかったじゃん?」
狭くはないが、それでも洗面所に同居人全てが集まると窮屈だ。一方通行は入り口のドアにもたれ掛かりながらもう一度その有様を眺める。
 洗濯物入れには洗濯していない服が山と積まれていた。量を見るに、恐らく二週間はまともに洗濯していないだろう。一方通行は女性陣と別の洗濯物入れを使っているし、普段はそちらの方を見ないようにしているので気づかなかったのだが。
「まともに洗濯してたのは一方通行だけじゃん! すなわち! ちゃんと新しい服があるのも一方通行だけじゃん!」
拝むポーズで黄泉川が力説するのを、一方通行はげんなりした顔で聞いていた。確かに、他の人間に洗濯を任す気にはならなかったので自分の服は自分で洗濯していたが、まさかこんな状況になるとは思ってもみなかった。
(……オイオイ、女だろォが、オマエラ)
一方通行はため息をつく。黄泉川は説明が終わると勢い良く一方通行の方へ近づいてくる。
「ということで、その何枚あるのか分からない上着をよこすじゃん!」
「それが人に物頼む態度なンか?」
黄泉川が差し出してきた手を一方通行は邪険に振り払う。
「家主は誰かしら?」
「オマエが言うことじゃネェだろ」
あらぬ方向から飛んできた台詞にも一方通行は切って捨てるように言い返す。
 体つきが華奢な方なのもあって、一方通行の持っている服は細身のものが多い。スタイルがスタイルなだけに、黄泉川には着れそうもないものばかりだ。
「勘違いしないでほしいじゃん。流石に私は一方通行の服は着れないじゃん」
「………………」
言われて、一方通行も思い当たる。きっと、さっき打ち止めがバスタオル一枚で動き回っていたのは、着る服がなかったからなのだ。
「このままじゃ風邪引いちゃうじゃん?」
黄泉川の視線の先には、ドライヤーと格闘していた打ち止めがいた。注目されたのに反応して、打ち止めは振り返る。
「じゃーん! 一定距離を離す技術を身につけたミサカは無敵だよ!ってミサカはミサカは大主張!」
褒めて欲しいのか、打ち止めは、とてとて、と一方通行に近づいてくる。一方通行はそんな彼女の様子を見て、ため息一つ。
「着てろ」
バサッと一方通行は服を彼女の頭に被せる。







「わ、わわ、いきなり脱ぐなんてっミサカはミサカは……って、あなた、体、貧弱だね」 「オイ、黙れ」


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あれ、着てた服を着せるなんて……一方さん、新しいの取りに行こうよ
きっと何か理由があるに違いないさ!
間違っても! その方が私が萌えるからってわけじゃないよ!(脱兎


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