前に肌を貪った時、彼女の体はこんなにも蕩けるような匂いをさせていただろうか?
 前に肌に噛み付いた時、彼女の声はこんなにも甘いトーンを響かせていただろうか?
 ――そんな無粋は、今は良い。

「オイ」
「は、っ……あ、あ、う……な、に」
挿れるぞ、とは言わなかった。そんな言葉一つ、待てないままにその小さな彼女の体を貫いていたから。
「っあ、あぁ……!!」
「息しろ、バカ」
呼吸の乱れた彼女に、人工呼吸をするように口付ける。それが、口腔の舌を味わう行動に変わるのに、時間はかからなかった。
「……は、……ぁぅ……い、」
漏れ聞こえる、気持ち良い、という言葉が理性を焼き切らせる。誘うように色づく肌に指を滑らせると、其処此処で反応が返ってきて、それがまた情欲に火をつける。
「……き、もち……い?」
途切れ途切れで問われた言葉に頷くと、彼女が嬉しそうに笑う。それが、合図になった。



 第一声は、避妊はしなさいよ、だった。
「…………」
「黙らないでよ、大事なことなんだから」
芳川の手が強引に一方通行の顔の向きを正面に固定した。テーブルを挟んで向かいに座っている黄泉川と芳川は、揃いも揃って難しい顔をしている。だが、その難しい顔は思いっきりプライバシーを侵害したからこその顔なわけで。女と言うのは、ある意味でとてもデリカシーのない生き物だと思う。
「…………なンで知ってンだよ」
一方通行は仏頂面のまま聞く。実は恥ずかしさでその表情をキープするのがかなり困難なのだが、それは意地でも悟らせたくなかった。大人たち二人の視線を避けるように、一方通行は少し視線を逸らす。
 不幸中の幸いなのは、打ち止めが外に遊びに行っていて留守だということだった。幾ら何でもこんな話題で尋問されているところを目撃されたら溜まったものではないし、下手をすると話に混じってきた挙句ぽろっとバラさなくても良いことをバラされかねない。
「流石にしらばっくれたりはしないじゃん。良かった良かった、これで証拠をつきつけなくても良いじゃん」
黄泉川がしれっとした顔で言う。何をつきつけるつもりだったのか、知りたくないものだ。一方通行は末恐ろしく思いつつ、で、と続きを促した。
「前回は避妊しなかったでしょう?」
「……もうちょっとオブラートに包めよ、女だろォが」
「女だからよ」
さらりとかわして、芳川は言う。もはやどこからどう情報が漏れているのか良く分からないが、ほぼ完全に事実関係を把握されてると思って間違いはないだろう。
(…………オイオイ、)
あのクソガキと『間違って』してしまったことでさえ(自分のことながら)信じがたいことなのに、その上性生活が同居人に筒抜けなどというのは、目を覆いたくなるような状況だ。本当に夢だと思いたいが、残念ながらここで夢だと思い込んで自分を誤魔化すほど、一方通行の性根は腐りきっていない。だが――
「性行為はどうしても男主導になりがちだし、キミの方があの子より年上なんだから、あの子の為にもきちんと避妊は」
「もうしねェよ」
呟いた声は小さかったが、芳川の耳に届いたらしい。ぴたり、と芳川の言葉が止まる。ぎぎぎ、と音でもしそうなぎこちなさで振り向く芳川。一方、わざとらしく耳に手を当てて聞き直したのは黄泉川だった。
「ん? 一方通行、もう一回言ってみるじゃん?」
「もうしねェってンだろ」
半分吐き捨てるように言うと、大人たちは顔を見合わせる。二人は揃いも揃って、反応に困る、といった表情をしていた。
「仮にそういう関係になるにしたって、もう少し成長してからじゃないかしら、と思っていた私たちを裏切って、あんな年端もいかない子に手を出したキミが?」
「ロリコンじゃん」
散々な言われようだった。確かにあんな凹凸のまるでない子供に手を出してしまったのは事実なのだが、一方通行はその現実には取り合えず目を瞑る。
「気の迷いだっつの」
自分でも説得力のない台詞だ、と思ったが、案の定芳川は容赦なく突っ込んでくる。
「気の迷いで手を出せるラインって言うのがあるわよ。あの子は間違いなく、そういう一線の向こう側にいるわ。よっぽどのことがない限り手を出さないでしょ……」
最後の方は言っていて空しくなったのか呆れ顔に近かった。手を額に当てて、はぁ、とため息をつく芳川。
「ロリコンじゃん」
黄泉川の台詞は二回目だ。そんなに人をロリコンにしたいのか。
 一方通行は舌打ちをする。二度とそういう過ちを犯したくない、と思っているのに、何故この大人たちはわざわざ蒸し返そうとするのだろう。
「とにかく、もうそういう事態にはなンねェよ。あのクソガキに手ェ出すことは金輪際、ねェ」
不満のありそうな二人を前に、一方通行は言い切った。

 一方通行は知らない。
 ドアの向こう側に、外から戻ってきた打ち止めがいたことを。
(絶対絶対誘惑してやるんだからっ!ってミサカはミサカは決意を新たに握りこぶしを握ってみる!)
 彼女がこんな風に、決心していたことを。

 ――打ち止めの誘惑作戦に一方通行の理性が負けたのは、約一ヵ月後のことだった。


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で、冒頭に至る、と
ほ、ほら……2回目の方が色々と難しいじゃないですか、タイミングとかが!
……すいませんでした!(スライディング土下座)
一方さん自ら手を出すよりも、打ち止めの誘惑に負けてほしい……(単なる趣味


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