気が乗らないながらも花見に来たのはもう四月も半ばのことで、そこここの桜に緑の葉がちらほら混じり始めていた。慣れない行事なので何をして良いのか分からずぼうっとしていると、打ち止めが彼女にしては珍しく準備の良いことにビニールシートを広げ始めて。
 そうしてあれよこれよという間にただのんびりと桜を眺めるだけの事態になってしまっていた 。
「……楽しいか?」
「うん!ってミサカはミサカは返事をしてみたり!」
そォか、とお座なりに返して、一方通行は桜を見上げる。何せ彼女も自分も花見などしたことはなく、こういう時にどうするのが正しいのか良く分からない。朧気ながら騒いだりするのも一つだと言うことは知っているが、少し季節外れのこの時期にそんなことをして誰かに見られようものなら、きっと白い目で見られるに違いない。
「綺麗だねぇ」
ほぅ、とため息をついて打ち止めは桜を見上げている。陣取った場所が悪かったのかもしれない。首が痛そうに見えるくらいの熱心さだ。僅かに上気しているように見える頬に、そう言えば彼女にとって桜の季節は初めてだ、という事実をぼんやりと思い出す。
「…………」
ざぁっと風が吹いて、はらはらと桜は散っていく。綺麗と言うにはどこか壮絶な雰囲気を湛えたその景色は淡々と続く。ただ舞い落ちる花吹雪を見るだけの行為の何が楽しいのか一方通行には分からない。だが、相変わらずきらきらとした瞳で桜を見つめている打ち止めを見ているのは――悪い気はしなかった。



 舞い落ちる花弁を掬う指先が少しくすぐったい。瞼を僅かに開くと、ひらりと鼻先を掠めていく桜が見えた。曖昧な記憶を引っ張りだそうと思考を巡らせようとしたところで、体がぶるりと震える。
「……寒ィ、」
最初に捉えた感覚についてごく端的に呟くと、くすくすという笑い声。見上げると、起きた、とでも言うように打ち止めが柔らかな眼差しでこっちを見下ろしていた。
 どうやら膝枕をされているらしく、やけに頭の後ろだけが温かく柔らかい。
「なンだよ」
何だか居心地が悪くて、そう呟いて起き上がる。打ち止めは顔についていたらしい花びらを摘んで、うぅん別に、と小さく笑った。
 花見を始めたのは昼頃だったが、もう日は傾いてしまっているらしい。あまり一緒に桜を見た記憶も話をした記憶もないので、随分寝てしまっていたのだろう。少し罪悪感を感じて、一方通行は言う。
「悪かったな」
彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「? どうして?ってミサカはミサカは聞き返してみる」
「どォしてって、」
本当に分かっていなさそうな顔に、一方通行は拍子抜けする。半分自分に尋ねるような、変な声色の言葉が唇から滑り落ちる。
「……つまンなかったンじゃねェのか」
何せこちらは殆ど寝てしまっていたので、話し相手は全くいなかったはずだ。けれど打ち止めはゆっくりと首を振る。
「ううん、楽しかったよ?ってミサカはミサカは答えてみたり」
いつも通りの嘘のない表情で、けど、と打ち止めは続けた。
「アナタが悪いと思ったんだったら、次も付き合ってくれると嬉しいな、ってミサカはミサカは提案してみる」

 それは、宵闇に紛れるような、小さな願い。
 未来を約束できない不安定な自分達の――本当にささやかな、願い。

「そンな先のことまでわかンねェよ」
そう返すと、打ち止めは、うーん、と考え込む。
「じゃあねぇ。夏にはヒマワリ、秋にはカエデで、冬にはうーんと、」
思いつかなかったのかそこで詰まってしまった彼女に。
「……ツバキとかじゃねェンか」
かなり昔に得たなけなしの知識を披露すると、打ち止めはきょとんとした後、柔らかく笑う。
「そうそう、ってミサカはミサカはアナタに同意してみる」
返事は元気良く、けれど頬に触れてくる指は存外静かなしなやかさで――それは、この間までの彼女にはなかったものだ。
(……案外、)

 夏も秋も冬も、きっとこんな風な日々の積み重ねで巡ってきて、そして気がつけばぐるりと一周している。
 だから、きっと――生きていくことは、難しいものでもないのかもしれないと。
 痩せぎすの少年は小柄な少女の傍らで、そう思った。


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TLで皆がさくらさくらと言われてたのでこっそりと
幸せお花見☆と思って書き始めたんですけど何かちょっとずれてしまったよ…
まぁいつも通りということで…


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