敗因は何かと聞かれたら、ボタンを押す前に確かめなかった自分の行動と言うしかないだろう。


「一方通行、荷物届いてるじゃんよー」
玄関の方から、配達員へ応対していた黄泉川の声がする。一方通行は少し頭を巡らせてから、あぁ、と納得した。昔気に入っていた缶コーヒーをついこの間ネットでダース買いしたのを思い出したのである。コンビニの新製品も悪くはないが、妙に前のものを飲みたくなることがある。そういう場合、大抵数個飲んでしまうと飽きてしまうのだが、大は小を兼ねる、買い渋るよりも買い余った方がマシだと一方通行は思っている。
(まァ、余ったら誰か飲むだろ)
複数人で暮らし始めてから、物が余る、という心配は格段に減った。煩わしいことの方が多いが、それでも少しは良いこともある。煩わしいことの代表はあのガキで、良いことの代表は――まぁ、そんなことは今はどうでも良いだろう、と一方通行は頭を振る。
「結構大きいよ、持てるじゃん?」
「……舐めンな」
黄泉川が途中まで抱えてきた段ボール箱は、確かに彼女が心配するだけあって、そこそこの大きさだった。だが、見た目の大業さとは違って軽い。持ち方さえ何とかしてしまえば、持てないことはなかった。
「よっ、男の子!」
「茶化すンじゃねェよ。ドア開けろ」
両手がふさがってしまっている一方通行は、黄泉川が開けたドアからリビングに入って、そのままキッチンへ向かう。缶コーヒーは冷やしておくに限るので、取り合えず冷蔵庫の中に全て放り込んでしまおうという魂胆だ。一方通行は、どさり、と段ボール箱を床に下ろす。麦茶を取りに来たらしい芳川が、何、という顔で後ろから一方通行の手元を覗き込む。一方通行はそんな芳川の行動など気にせずにさっさとガムテープの封を取った――取ってしまった。
「……一方通行、これどういうことじゃんよ?」
「……………………」
「あら、コスプレ衣装を冷やすなんて、変な趣味があるのね、一方通行」
「……………………なンだ、こりゃァあああああ!!!!」
段ボール箱の中から、やたらと布地の少ない妖精さんみたいな衣装がこんにちはしていた。



 よくよく考えてみれば、僅か1ダース程度の缶コーヒーが入っているだけにしては、段ボール箱は大きすぎた。そんなことにも気づかなかった自分に、一方通行は舌打ちする。黄泉川は興味津々らしく、箱から出した良く分からないその衣装をしげしげと眺めていた。
「なになに、大精霊チラメイド、かぁ……どういう需要じゃんよ」
「着るの、一方通行?」
「着るか!」
しれっと聞いてくる芳川の言葉を一蹴すると、一方通行は段ボール箱の中から伝票を乱暴に引っ張り出した。一応ダンボールの底の方に頼んだコーヒーは入っていたし、宛先も入力した通り、黄泉川のこのマンションの住所になっている。注文した商品が並んでいる欄を見ると、缶コーヒー1ダースに……やはり『大精霊チラメイド』とやらがしっかりと記載されていた。
「…………」
一方通行は怒りで震えていた。今すぐ伝票と黄泉川の手に握られた衣装とここ十数分の記憶をまとめてゴミ箱に捨ててしまいたい衝動に駆られる。そんな一方通行の手から、ひょい、と伝票を取り上げた芳川は、一通り目を通した後、ため息をついた。
「何かの手違い、ってことはなさそうね」
「Sサイズはちょっと小さすぎるじゃん。入らないじゃん」
「いい歳して着ようとしてンじゃねェ!!」
中身を開けようとしている黄泉川の手から一方通行は件の衣装を引っ手繰ると、段ボール箱の中に放り込んだ。未開封ならば返品できるはずなので、さっさと目の前からこの事実を消去したい一方通行だ。
(…………取り合えず、)
最悪の事態を避けようと手早く作業を始めた一方通行だったが、最悪の事態の方が一足早く現れてしまった。
「あれ、皆どうしたの?ってミサカはミサカは……って、わーい、届いた届いたー!ってミサカはミサカはおおはしゃぎしてみたり!」
頭を抱えかけた一方通行は、打ち止めの物言いに引っかかりを覚えて動きを止める。そう言えば――缶コーヒーを注文した時、打ち止めが傍にいた気がする。


『ねぇねぇ何やってるの、ってミサカはミサカは尋ねてみたり』
『コーヒー買うだけだっつの』
『? 外に行かないの、ってミサカはミサカは聞いてみる』
『世の中にはネットっつー便利なもンがあってだなァ、』
 そうだ、確か通販の仕組みを説明した後に、このクソガキは何と言ったんだったか。
『ミサカも何か頼んでみたい、ってミサカはミサカは上目遣いであなたにおねだりしてみたり』
『誰に習ったンか知らねェが、ムダなことすンな。あと勝手に頼め』
『む、この必殺の角度に反応しないなんて、ってミサカはミサカはこの技の改善の余地に逆に燃え上がってみたり!』
『さっさとしろっつの。頼ンじまうぞ』
『えっと、えっと、あ、これこれ。これにする、ってミサカはミサカはボタンをぽちっと押してみたり!』
 敗因は何かと聞かれたら、ボタンを押す前に確かめなかった自分の行動と言うしかないだろう。


「うーん、ちょっと打ち止めには早いじゃん」
「Sサイズでも大きいわね」
「すぐ脱げちゃうよ、ってミサカはミサカは困ってみる」
「開けてンじゃねェ、返品出来ねェだろうが!」
更に追い討ちをかけるように、回想に入ってる間に大精霊チラメイドの衣装の入った袋は開けられてしまっていた。

 この衣装は現在、(必死に捨てようとする)一方通行の手を逃れ、打ち止めの部屋の箪笥で静かに眠っている――



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たまには本編でもコメディを
大精霊チラメイド、もはやメイドである必要なくね?
SはSサイズのSです、悪しからず


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