もぞり、と腕の中の温かい生き物が動いたのが分かって、番外個体はぼうっとしていた頭を少し乱暴に振る。
「…………う、」
小さな小さな少女が、何かを堪えるように藻掻いていた。額に手を当ててみるが、それがどんな効果をもたらすのか番外個体にも分かっていない。そんなあやふやな知識でしか少女を見れないことに、番外個体はどこか居心地の悪さを感じていた。
 移動途中に見つけた小さな小屋は、雪を凌げると言うこと以外何も褒められたところのない建物だった。荒れ果て具合からして長年放置されていたものだと推察できるので、半分逃亡生活を強いられている三人には都合が良いと言えば都合が良い。周りの様子を見てくると言って出て行った一方通行が他に建物を見つけられなければ、今夜の宿は決定だろう。
 もぞり、とまた身動きをした子供に、番外個体は静かに視線をやった。腕の中で支え直してやると、打ち止めの体から段々緊張が解けていくのが分かる。それが安心したからなのか、それとも緊張に耐え切れないほど体調が悪化しているからなのか、番外個体には判別がつかない。
(……別に、)
この子供が死んでしまっても何も問題はないのだ。番外個体が協約を結んだ相手は一方通行であって、打ち止めはそのオマケ。究極的に言えば、打ち止めが死んでしまっても番外個体と一方通行の間には何の影響もない……はずだ。
(けど……)
何となく額を撫で続けていると、打ち止めは少しだけ熱っぽい息を吐いてそのまま静かになった。まだ呼吸は荒いが、脈は徐々に落ち着いてきている。番外個体は打ち止めのその姿に、どこかホッとしている自分がいることに気づく。
「ミサカは、」
(面白いものの方がスキなんだから)
心の中で呟いたその言葉がどこか言い訳めいて思えるのは、気のせいだろうか? まだ一言も言葉を交わしていない打ち止めが面白いかどうかなんて確かめられるわけがない。ならどうしてこの子供が苦しんでいるのを見過ごすことが出来ないのだろう。
「…………」
何となく、居心地が悪くて。ここに居ない彼が早く帰ってこないかな、と思った。


 一方通行が戻ってきたのは、その十数分後のことだった。音を立てずに静かに小屋へ足を踏み入れた一方通行は、番外個体の腕の中でぐったりとしている打ち止めを見ると、顔を顰めた。付き合いが少し長くなった今では、一方通行のその表情が不快よりも心配を多く含んだそれだと番外個体には分かる。
「オイ、クソガキはどうした?」
「ミサカには分かんない。何か急に苦しみだしちゃったから」
チッと舌打ちをして一方通行は無造作に近づいてくる。協力し始めの当初は、一方通行のふとした仕草にはどこか余所余所しさが残っていたが、今はもうそういった様子は欠片も見えない。そんなに簡単に自分のことを信用して良いのか、と思う番外個体だが、そんなことを言えば自分の方だってそうだ。こんなに無造作に近づかれても、一方通行は番外個体の心のざらざらした琴線に全く触れなくなっている。
「……熱が高ェな」
打ち止めの額に手を当てた一方通行は小さく呟いた。ここのところの打ち止めはずっと微熱が続いていて、時々癇癪を起こすかのように熱が高くなることがある。
「取り合えず寝かしとくしかねェな」
医者ではない二人は、そういう場合傍にいてやることぐらいしか出来ない。時々一方通行は何かを試すように掌を打ち止めの額に押し当てたりしていたが、思ったような成果が出ないらしく悔しそうに唇を噛むのが常だった。
 かなり大きめではあるが、一つしかない毛布を床に敷くと、一方通行は打ち止めを抱き上げる。揺らさないように静かに毛布の方まで打ち止めを運ぶと、一方通行は壊れ物を扱うかのようにそっと打ち止めを降ろした。
「オイ、オマエも……っ、」
番外個体に何か話しかけようとした一方通行が、体を捻るのを中断するのが見える。
「……オイ、」
まるでプログラムされてるかのように、最初からそうであったかのように、打ち止めは一方通行に寄り沿うようにしてその腕に触れると、それで落ち着いたのか、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。中途半端な体制で固まった一方通行を見て、番外個体は何となく笑ってしまう。
「なンだよ……」
「べーつに?」
不服そうな声ににやにやしながら返すと、一方通行が機嫌悪そうに舌打ちするのが聞こえた。


「……なンだよ?」
起きていたのだろう、気がつけば一方通行が薄目を開けてこっちを見つめていた。
「何でも。そっちこそ眠れない? ミサカ、添い寝してあげようか?」
「間に合ってる」
本人は意識せず言ったのだろうが、随分と酷い惚気だった。
「つーか、なンでそンな隅寄ってンだァ? 毛布一枚しかねェンだからクソガキとオマエで使えってンだ」
何となく、傍に行くことが憚られて近寄れなかったのだが、一方通行はそんな居心地の悪さは感じないらしい。打ち止めから毛布を奪わないようにしながら、一方通行はそっと毛布の位置をずらす。恐らく自分は毛布など必要ない、と主張しているのだろう。だが彼だって人間ではあるのだからこの寒さの中凍えずにいられるわけがない。反射を使って云々かんぬん言うのかもしれないが、彼がそんなことに貴重なバッテリーを使わないことぐらい番外個体にも分かる。何となくそれが嫌で、番外個体は体を指差して主張した。
「このスーツ温かいから大丈夫」
「破れてンだろォが」
あっさりと見破られる。確かにスーツには戦闘であちこち擦り傷が走っていた。戦闘に支障はないが、あちこちの隙間から冷気が入り込んでくるので、体温調節もままならない。
「……じゃあそっち側使え」
「?」
「遠慮してンだろォが。なら俺も半分使う」
三分の一ほど、一方通行が毛布を手前に引き寄せる。随分と窮屈な選択に見えたが、不思議と悪い感じはしなかった。
「…………別に、良いけど」
少し躊躇った後、打ち止めを挟んで一方通行の逆側に番外個体はそろりと体を滑り込ませる。ほぅ、っと息を吐くと、少し埃っぽい毛布の匂いに混じって、嗅ぎ慣れ始めた彼らの匂いがした。


 うとうとしながら目を開ける。いつの間にか顔以外の体全体が外気から守られていた。もぞり、と体を動かすと、背中の方まで毛布がまわっているのが分かる。
(……あぁ……)
温かいなぁ――生きてきてろくに感じたことのない感情が、番外個体の胸を刺激する。そっと視線を上げると、一方通行が毛布も被らずに眠っているのが見えた。番外個体が寝てしまってから、毛布をかけ直したのだろう。静かに眠ってはいるが、元々白い肌が青白い域に近づいてしまっている。これでは風邪を引いてしまうのは目に見えている。
(…………っと、)
番外個体が毛布をかけ直そうとしたところで、一方通行の眉間に寄っていた皺が僅かに緩んだ。身動きで起こしてしまったのか、と思ったが、それ以上一方通行は動かない。どこか穏やかにすら感じさせる寝顔に、番外個体は首を傾げる。
(……?)
一方通行の腕の辺りまで視線で辿ったところで気がついた。傍らの子供が、一方通行の腕にしがみついている。温かくはあるのだろうが、どう見ても重そうだ。何せ打ち止めは相変わらずほぼ全身と言っても良いような状態でぎゅっと一方通行の腕に体を絡ませている。
(…………、)
けれどそれでも。どうしてあんなに二人は、幸福そうに見えるのだろう。すぐ傍らに、ほんの数センチ先にいる二人が酷く眩しく思えて、番外個体は開けかけた目を瞑る。それでも灼きついた光景は瞼の裏に残り続けた。
 眉間の緩んだ一方通行の、苦しそうにしながらも体温を寄せる打ち止めの、重なり合ったその手が――いつまでもいつまでも消えずに脳裏に残り続けていた。


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番外個体と一方さんと打ち止めの幸せ家族……のはずだったんだがどうしてこうなった
アレです、次回は思いっきり幸せなビーチサイドストーリーとか書きたいな!
番外ちゃんは打ち止めの代わりに不憫な目に遭いそうで結構構えてしまっておりますよ…
あと何気に番外個体の物言いってあんまり安定してないような…そういう意味ではものっそい書きにくいです


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