「オイ、クソガキ」
「…………」
「アホ毛見えてンぞ」
「!!」


 そもそもどうしてこういう事態――すなわち、打ち止めが一方通行に突拍子もない行動を取り始めたか――というと、話は数日前に遡る。

「うぅー、ってミサカはミサカは歯噛みしてみる。も、もう1回!ってミサカはミサカはあなたに要求してみたり」
「そう言うの何回目だっつの。いい加減にしろ、張っ倒すぞ」
手元のトランプを打ち止めはじぃーっと見つめていた。ジョーカーが彼女の手の中に残ったのはこれで8回目だ。
 いつもの癖で部屋の整理整頓を始めた黄泉川が偶然発掘したトランプを打ち止めに渡したのがそもそもの始まりだった。中身を開けてみてひとしきり楽しんだ後、打ち止めは誰かと使ってみたくなったらしく、一方通行と芳川に相手を要求した。取り合えず分かりやすいものを、ということでババ抜きにしてみたのだが、最初からずっと打ち止めは負け続き。途中で用事で出て行った芳川が減って、一方通行と打ち止めだけでババ抜きを続けて、今に至る。ババ抜きを繰り返す度に少しずつ少しずつ打ち止めが涙目になっていくのに、居心地の悪さを感じ始めた一方通行である。流石にもう相手をしていられない、と思った彼が立ち上がろうとするのと、打ち止めがそのシャツを引っ張ったのが同時だった。
「あ、あと1回だけ、1回だけだから、ってミサカはミサカは、」
「十分前思い出してみろ、さっきもそう言ってただろォが」
さっきと同じところに皺が寄ったシャツを見ながら、一方通行はため息をついた。何度かわざと負けようとしたものの、何故だか打ち止めが彼の意図と反対の行動を取るので、上手く行かなかったのだ。握ったカードの広げ方、視線、色々誘導しようと試してみたものの、そのことごとくが失敗に終わっていた。これ以上相手をし続けても、打ち止めが負け続けるのは明白だ。彼女の顔はポーカーフェイスに向いてない。喜怒哀楽、全てが表情に直結しているかのように、何でもかんでも表に出てくるからだ。
 現に今、打ち止めが不満なのは、彼女の表情、声音、仕草――その他諸々の全てから丸分かりだった。
「あなたって本当に表情が変わらないね、ってミサカはミサカは首を捻ってみたり」
「あァ?」
何を思ったか自分の方を見上げてきた少女に、一方通行は眉を寄せた。特に意識して無表情を通している気はない。普段から例えば躁鬱なんかは表に出すぎるきらいのある一方通行だ。それに打ち止めも思い至ったのか、うーん、と再度首を捻った。
「そういうのは正確じゃないかなぁ、ってミサカはミサカは訂正してみる。あなたは不機嫌なのはよく顔に出るよね、ってミサカはミサカは」
「うるせェよ」
取り合えず今日はこれで終わり、というように、一方通行は打ち止めの頭を腕一本で遠ざけて黙らせた。


 その翌日からだった。打ち止めは一方通行にやたらと挙動不審な様子で接するようになった。なぜか一方通行の方に身を乗り出してきたり、かと思えばいきなり頭突きをかましてみたり、はたまたは気づいたら一方通行の布団の中に潜り込んで寝こけていたり(最後のは流石に心臓に悪かった)。


 取り合えずぴょこんと廊下の突き当りから飛び出ていたアホ毛を掴むと、打ち止めは髪の根元の辺りを抑えながらしぶしぶ一方通行の前に出てきた。反省がないようなので掴んだ髪を引っ張ってやると、痛いよってミサカはミサカは、といつもの調子で打ち止めが騒ぎ始めたので、一方通行は嘆息して彼女の髪を放す。
「で、だ」
ぎくり、と打ち止めの体が震えるのが分かった。どうやら彼女自身も今までの行動に負い目がないわけではないらしい。
「なンの遊びだ、こりゃ」
少し苛々した表情で一方通行が言っても、打ち止めは彼女にしては珍しくなかなか話そうとしない。一方通行がもう一度促そうとしたところで、やっと打ち止めは顔を上げた。
「だって……」
けれど、そこで言い淀んでしまう。だって、と打ち止めはもう一度呟いてから、もごもごと口を開いた。
「驚かせたかったんだもん、ってミサカはミサカはバツの悪い表情で呟いてみる」
予想もしなかった言葉に、一方通行の表情から険が抜けた。
「……なンだ、そりゃ」
打ち止めは一度話し始めたら止まらなくなったのか、わっと言葉を繋げる。
「あなたは多分余裕なんだよ、ってミサカはミサカはこないだ、どうしてあなたの表情が変わらない、って感じたのか説明してみる。別にあなたは表情が変わらないわけじゃないけど、でも焦ったりとかそういうのしないから、なんだかそういうの悔しくて、あなたをびっくりさせたかったの、ってミサカはミサカは白状してみたり」
聞いてみれば下らないこと過ぎて、一方通行は自分の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。彼としては珍しいことに、どうしたら良いのか、どんな顔をしたら良いのか分からなくて、思わず黙ってしまう。

 それは何て単純で、何て他愛がなくて、何て――近い、接し方。

「今気づいたんだけど、」
「あァン?」
「あなたは、結構人の好意に弱いんだね、ってミサカはミサカは呟いてみたり」
何故だか嬉しそうにして、打ち止めは一方通行の手をぎゅっと握る。
「……オイ」
「怖そうな顔してるけど、あなた本当は怒ってないよね、ってミサカはミサカは先回りして言ってみる」
そう言って、邪気のない顔で笑った打ち止めに、一方通行は何も言い返せなかった。

 取り合えず、手はそのまま握り返さないことにした――放しもしなかったけれど。


-------------------------------------------
サカザキ的には甘さムンムンでこの程度なんですけど…明らかにラブ分不足だよな
一方さんが一枚上手でも良いけど、打ち止めが一枚上手も捨てがたい
というか、お互いがお互いを一枚上手だと思ってると良いよ!




inserted by FC2 system