小さな手が握っている一本の棒――それが凶器に見えるのは何故だろうか。一方通行はこちらに向かってくる打ち止めと目を合わせないよう、開いた雑誌に視線を落とした。
「ねぇねぇ、最近耳が聞こえにくいってことないかなー?ってミサカはミサカは」
「ねェよ」
一言で言って捨てる。とにかくこういう時の打ち止めは相手にしないに限る。打ち止めが更に近づいてくるのが視界の端に映ったが、一方通行はページを捲る手を止めなかった。すぐ傍らまでやってきた打ち止めは、それでも彼女の方に向かない一方通行が気に入らなかったらしい。雑誌を眺めている視線の先に顔を割り込ませてくる。
「ジャマすンな」
打ち止めの顔をどけつつ、手が勝手に雑誌を閉じてしまっていることに気づいて一方通行は舌打ちした。結局何だかんだで毎回この子供の相手をしてしまっている。
「ジャマなんかしてないよー?ってミサカはミサカはニコニコしてみる」
目が合うと、彼女は嬉しそうに笑った。視線を向けるだけで喜ぶなんて、飛んだ馬鹿っぷりだと思う。ハァ、とため息をついて一方通行は雑誌をテーブルに置いた。
「ねぇねぇ、ミサカはミサカはこの道具にものすごーく興味を持ってたり!」
視線を改めてやって眺めると、打ち止めが手にしているのは耳掻きだった。期待に目をキラキラさせている打ち止め、今にも振り回されそうな手――嫌な予感しかしない。
「あー、そろそろ洗濯物取り込まないとダメじゃーん?」
「求人票でも見てこようかしら」
わざとらしく大人二人が席を立つ。大体黄泉川はともかく芳川は最近求人票を見てる姿など殆ど見ないが、それを指摘しても何の意味もないのだろう。続いて立ち上がろうとしたところで、一方通行はくいっと袖を引かれた。見下ろすと、打ち止めがぱっと顔を綻ばせる。
「ねぇねぇ、どうしてもダメ?ってミサカはミサカは聞いてみる」


「痛くないですかー?ってミサカはミサカは聞いてみたり」
「さっきよかな」
鼓膜を破られる危機を回避できたのは30分後のことだった。ようやく耳掻きに慣れてきたらしく、打ち止めの力加減はかなり穏やかなものになっている。最初はお互いソファに座ったままで耳掻きをさせようとした一方通行だったが、体勢が悪かったらしく打ち止めに思いっきり耳の穴に耳かき棒を突っ込まれてしまい早々に諦めた。結局、今はよくある膝枕の状態になってしまっている。
 打ち止めのいかにも子どもらしい足はほっそりとしていて柔らかいというより薄い感触がした。成長すれば多少肉付きが良くなったりするのかもしれないが、その頃にはこんな風に自分に膝枕をする無邪気さはなくなっているのだろう。
(…………ン、)
何となく思考がまとまりにくくて一方通行は一つ欠伸をする。そこで、気がついた。いつの間にか瞼が半分以上降りてしまっている。打ち止めの手つきは丁寧で、そのゆっくりとした動きが返って眠気を誘発している。だが、一方通行には人前でうとうとしてしまう自分が信じられなかった。意識を集中すると、打ち止めが小さな声で歌っているのが聞こえた。
(あァ……そォか)
何となく気がついて、一方通行は目を閉じる。自分は、多分この少女に安心しているのだ。この少女を信じても良いと、思っているのだ。


 少し眠っていたらしい。ふと意識が覚醒する。
(……終わった、のか)
気づけば耳の穴を行き来していたくすぐったいような柔らかい感覚がなくなっている。視線を上にやると、いつもと違って静かに笑っている打ち止めの表情が目に映った。
「? 起きた?ってミサカはミサカは、」
彼女が何故か、酷く大人びて見えた。言葉を遮るようにして手を伸ばして頬に触れると、うん、と問いかけるように打ち止めが視線を返してくる。まるで、夢の中のように彼女の頬は温かかった。上体を僅かに起こした一方通行は、そのまま彼女に口づけた。
(……ア、)
 触れた唇の感触で、寧ろ自分の方が驚いた。ゆっくりと瞬きをして目の前の彼女を確かめる。あぁ、やってしまった――打ち止めの表情は驚いて固まってしまっている。自分の浅はかな行動を後悔しつつ、一方通行は元の体勢に戻る。枕にしている彼女の太腿に頬が触れて少し気まずかったが、かと言ってまた動くのも何だか違う気がした。彼女に背を向けたところでようやく少し落ち着く。
「……オハヨウ」
寝直す体勢になりながら言うことじゃないだろう、と自分で思いつつも挨拶をすると、打ち止めがギギギと音でもしそうな仕草でぎこちなく頷くのが分かった。ぎこちない雰囲気を振り払いたくて、一方通行は瞼を閉じる。そのまま黙っていると、打ち止めは気を紛らわすように一方通行の髪に撫でた。
「……ねぇ」
ミサカのこと好きなの、と小さな声で打ち止めは呟いた。分かりきったことを聞くこの子供が、愛おしかった。


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たまには幸せな小話でも書いてみようかと思いましてね…
新約2巻が日常話っぽいので、公式がやらかしてくれると強く信じています!


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