お隣さんは不審者だ――まぁ不審者、と言っても、別に警察に通報するほどじゃない。
 私の住んでいるアパートの隣の部屋には、大学生くらいの男の子と中学生くらいの女の子が二人で住んでいる。一度だけ引越しの挨拶で顔を合わせたことがあるけれど、女の子はともかく男の子の方はとにかく全身真っ白でどことなーくアブナイ雰囲気を漂わせていた。年中顰め面をしているのであろう深ーい皺の寄った眉間に、どんなに充血してもこうはならないだろうってな、つまりは特殊な赤い目。とても友好的、とは言えない雰囲気で、ニコニコ笑いながら「つまらないものですがー」と菓子折りを渡してきた女の子と対照的だった。そして、それ以来朝も夜も全然男の子の方とはすれ違わない。女の子は顔を合わせれば人懐っこい顔で元気よく挨拶をしてくれるのに、男の子とは生活時間がズレているようでほとんど姿を見かけない。あの二人がどういう生活を営んでるのか、全くもって疑問だ。
 まぁそれでも、年の離れた男女の二人暮し自体は全然珍しいことでもない。兄妹で一緒に住むってことはありえるだろう。ただ、やり取りがどうも兄妹らしくない……というか有体に言えば恋人っぽい。壁が薄いせいか、声が大きくなればしょっちゅうお隣さんから会話が聞こえてくる。喧嘩する声、漫才みたいに言い合う声――女の子がじゃれ付くと、保護者っぽさを残しつつ男の子は甘やかす言葉を告げる。
『あーあーあー! またお味噌汁にナスが入ってるよー!ってミサカはミサカは』
『アー、ウルセェ。避けりゃ良いだろォが。その口塞ぐぞ、黙れ』
どう塞ぐのかは過去のやり取りでいやと言うほど知っている。何だって言うんだろう、何か私が悪いことしただろうか? どうして毎日毎日こんな他人の……そう、惚気をライブ中継されなきゃいけないのだろう。
「…………このロリコンが」
今日も私は壁に向かって呟いた。


 お隣さんはバカップルだ――そうバカップル、ものすごーいバカップルなのだ。
 いつもよりもクリアに隣の部屋から声が聞こえてくる時は、喧嘩の前兆だ。女の子の方は感情が高ぶると声が大きくなるし、男の子もその女の子に言い返すために自然と言うことが荒くなる。
 大抵は酷く些細なことで二人は言い争いを始める。男の子が買ってきたお菓子が美味しくなかった、おすそ分けで貰った煮込みハンバーグの最後の一つをどっちが食べるか、たまには二人に会いに行こうよ云々。女の子がへそを曲げるのが早いか、男の子がブチ切れるのが早いか。まぁ尤も――ほとんどはそこまで行かずにバカップルのスパイスになってしまう。
『オイ、クソガキ。これ以上手ェかけさせンじゃネェよ』
『…………ふーんだ!ってミサカはミサカはそっぽ向いてみたり』
『あのなァ、こっち向け』
『命令形!?ってミサカはミサカは……ッ、』
 この話し声が静かになる瞬間がすごーく嫌なのだ。男女二人暮しで静かになったと思ったら微妙に聞こえるようで聞こえない囁き声が始まって(流石に睦言まで大声では言わないらしい)、やがてガタガタいう音が聞こえ出す。この時ばかりは壁の薄さに本当に辟易する。
「……長いのよ……いつまでヤッ……やってるんだか」
こういう時は寝室から避難してリビングに移るに限る。本当に2LDKにして良かった。一部屋しかなかったら、バスルームに逃げ込んでかなりの長風呂をしないといけないだろう。まぁお風呂もキッチンもたまに犠牲になるので油断ならないのだけど。


 お隣さんはお似合いだ――悔しいことに、まだ学生みたいなのに熟年夫婦みたいにお似合いだ。
 寝不足で充血した目をごしごしと擦りながらゴミを出していると、ちょうど道路の向こうの方からお隣さんの姿が見えた。男の子の方だけ。女の子はいつも私がゴミを出す時間には見かけない。通学前にゴミを出すのが彼女の習慣なのだ。――と。
「おはようございます」
目が合ったので、咄嗟に挨拶してしまった。まさか、いつもお盛んですね、とは言えない。私が誰かを確認するように、男の子が二三回瞬きするのが分かった。
「……………………」
男の子は特に何も口にはしなかったけれど、それでも無視したりはせず会釈だけ返して、カンカンと音を鳴らして階段を上がっていく。私もゴミを出し終わってその場にい続ける理由はなかったので、少し距離を開けて後ろに続いた。私の方が部屋が手前なので、ちょうど男の子が部屋に入ったすぐ後に、私も部屋に入ることになる。
 玄関でツッカケを脱いでいると早速お隣さんのやり取りが聞こえた。
『おかえりなさい……って、あれ? 今朝は早いね、ってミサカはミサカは驚いてみる。この時間だったらお隣のお姉さんと会ったでしょ? ちゃんと挨拶した?ってミサカはミサカはあなたに問いかけてみる』
『アー……まァな。…………っつーかオイ、オマエいつも普通に挨拶してンのか?』
『? 普通以外にどう挨拶するの?ってミサカはミサカは聞き返してみたり』
『…………何でもねェよ』
その台詞は、散々聞かされてきた、男の子が誤魔化す時の癖。

 あぁ、照れてたんだ――そう思って、思わず笑ってしまった。


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二週間ぶりだからちょっと頑張ってエロスを仄めかしてみた
4月と言えば春、春といえば新学期で発情期ですよね!
何気に未来設定だったりするのは「せめてエロスな関係になるならちうがくせいが……」というチキン心の表れ
通行止めのお隣さんになりたいと思うのは私だけじゃないはずだと信じている


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