ほんの 一瞬の 艶めかしさに ――クラクラする

 好きかと言われれば逡巡してから首を縦に振るが、愛してるかと言われれば詰まってしまう。つまりは自分と彼女の関係なんてその程度のものだ。首輪と電気信号で繋がれた共存関係、否応なしの運命共同体。それが今の自分と彼女の全て。
 ――ならば、なぜこんなに動悸が収まらないのか。

***

 風呂上りらしい打ち止めは、相変わらずろくに体を拭いた様子もなく、ぺたぺたと水の足跡を撒き散らしながら一方通行の横に座った。いつも止めるように言ってるのだが、忘れてしまうのか単なる癖なのか、一向に打ち止めの習慣は直る気配がない。一度くらい転んでみないと分からないのだろう。
「どうしたの、ってミサカはミサカはあなたのことを見上げてみる」
いつの間にか見つめてしまっていたらしい。一方通行は、別に、と素っ気無く言うと、頬杖をついて彼女を視界から外す。さっきからソファーでただぼうっとしていただけなので、今更思い出したように何かするのも気が引けた。結局、一方通行はそのまま黙りこくって窓の外を見つめることになってしまう。
 打ち止めの気配だけが体の左側から伝わってきて、それがどうにも気分を落ち着かなくさせた。
「……何してたの、ってミサカはミサカはあなたに尋ねてみたり」
しばらくして、打ち止めが聞いてくる。いつもよりも少し落ち着いた――しっとりした声。答えるために意識的にゆっくりと振り向くと、打ち止めがさっきよりも傍で一方通行を見上げていた。水分を含んだ柔らかい髪が華奢な肩で遊んでいる。

 ――何故か、そんなことが目に付く。

「髪、」
「?」
「乾かせ。風邪引いても知らねェぞ」
結局、打ち止めの質問には答えなかった。何をしていたわけでもないので、答えようがない。そのまま誘われるように髪に触れると、打ち止めは何処かくすぐったそうに、けれどどこか大人びた顔で目を閉じる。
 そのほんの一瞬、打ち止めの唇に視線が吸い込まれた、気がした。

***

 芳川が笑っていた。
 喉の渇いた一方通行がリビングに出向くと、先客がいた。全員が使うソファーを我が物顔で芳川が占拠しているのは時間が時間だからだろう。家の中も、窓の外も、夜中の三時という時間のおかげか、ひっそりとしたものだ。時々機械的な家電の音が聞こえる以外は、静寂が空間を支配していた――さっきまでは。
「ナニがオカシイんだよ?」
苛立ち混じりに問うと、芳川はいつも通りの訳知り顔で言う。
「ふふ、余裕ぶっていられるのも、今のうちだと思うわよ」
もったいぶる様にコーヒーカップに口をつけた芳川は、視線だけを一方通行の手元に飛ばした。一方通行の手には、子供の服が納まっている。打ち止めが脱ぎ散らかしたまま床に放っていたものを、舌打ちしながら拾い上げたのだ。
「そりゃいつまでもこンなガキのまンまじゃいられねェだろ」
「そういうことを言う辺り、まだまだね」
子供服をリビング脇の洗面所の洗濯籠に放り込みつつ一方通行が言うと、芳川は意地の悪い口調で他人事のように返した。
「昔から言い古された言葉だけれど、あの年頃の子の成長って、早いのよ。油断してたらあっと言う間に、射抜かれるわよ?」
「なンだそりゃ」
せせら笑うと、一方通行はキッチンに引き返して水道の水に口をつける。カルキ臭い味が、口腔に広がった。

 それが、たった数日前の話。

***

 やけに白い肌が目に付いた。
 いつの間にか、風呂上りの打ち止めが一方通行のことを見上げていた。いつもと違うのは、体の拭き具合が更に乱雑で、見慣れた青いキャミソールがぴったりと体に張り付いていることだ。華奢な手足は成長途中の子供のもので、緩やかな曲線を描いている。別に何と言うことはない、子供の体型だ。
「……オイ、服、」
乾かせ、という言葉が、更に近寄ってくる少女の気配に断ち切られた。問う暇もなかった。
「ッ!?」
気がつけば、体は少女に押し倒されている。驚くほど熱い手が、一方通行の腕の上に置かれていた。さっきまで曲線を描いていた服のシルエットが重力に従って滑り落ち、さっきまで守っていた体を無防備に晒す。

「昔から言い古された言葉だけれど、あの年頃の子の成長って、早いのよ。油断してたらあっと言う間に、」
「射抜かれるわよ?」


 不意に、芳川の予言めいた言葉が蘇る。
 それなら、この心が射抜かれたのは、この体が劣情を抱いたのは――一体いつだったのか?

 喉がカラカラに乾いている。目の前の彼女がそれまでと全く違う生き物に見えた。思わず、ごくり、と鳴らしてしまった唾の音は、聞こえなかっただろうか? あの唇の温度を、感触を、この唇は知っている。ならば体の温度は、感触は――?

 彼女の唇が、そっと蠢いて、
「ねぇ――触りたい?」
 そう、呟いた。

***

 白い天井が見える。
 一方通行は瞬きをして息を吐いた。仰向けになっていること、ベッドにいること――どうやら寝ていたらしいことを認識する。夢見心地な、ありえないモノだった癖に、やけにリアルな夢だった。
 体が酷く熱い。一方通行は足でかけ布団を蹴飛ばそうとして……その異常に気づく。同じベッドの傍らで小さな少女が眠っていた。いつも通りの青いキャミソールが捲れて、子供特有の肉付きの薄い足が、ほとんど付け根の辺りまで見えていた。暑苦しかったのは、彼女が足を一方通行の体に絡めていたかららしい。そして――
「…………オイ、」
思わず時刻を確認した。午前3時。同居人たちは眠りについているだろうか。ついていて欲しい。いつかの日のように、芳川辺りは分からないが。
「クソガキ、」
情けない気持ちを誤魔化すように舌打ちすると、代えの服を持って一方通行は洗面所に歩き出した。


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夢○ネタ……ほら、チェリーボーイってあおはるだから! むしろさがはるだから!
一応ぼかして書きましたが、ダメな人いたらすいません……!!
エロじゃなくてフェチっぽいのを意識して書いたつもりなんですけどどうですかね……?


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