昼間から大して好きでもないだろうコーヒーをやけに一生懸命飲んでるな、と思っていたらこれだ。
「……オイ、さっきから何なンだよ、うっとォしい」
「ね、ねむ……く、ないっ!ってみさかはみさかは、……ぅ、」
一方通行の腰にしがみついたまま、打ち止めは眠りの世界に旅立ちかけている。時刻はもう23時半、普段の打ち止めならもう布団に入ってる時間だ。半分以上瞼が降りた状態で頭をガクガクさせながら寄り添ってくる子供は正直読書の邪魔としか言いようがない。
「さっさと寝ろ」
言っても、腰に腕を回した子供は首を振るばかりだ。どうにもバランスが取りにくいのでしょうがなく体をズラすと、打ち止めはスルリとソファの横に入り込んできた。
「…………あのね、」
話しかけられて視線だけで続きを促すと、打ち止めは今度は一方通行の服の胸元を掴む。しばらくそのまま彼女は逡巡した後、くしゃりと表情を歪ませて、珍しく大人びた顔で苦笑した。
「うぅん、何でもないってミサカはミサカは俯いてみたり」


 視界に茶色の髪の毛がゆらゆらと入ってくるのがデフォルトになったところで本を読むのを諦めた。一方通行はハァ、とため息をついて本をソファの傍らに置く。体の位置を調節して彼女の重心が安定するようにすると、こっくりこっくりと打ち止めの動きが一定になった。どうしたものかと思案していると、飲み物を取りに来たらしい番外個体がひょいと顔を出す。
「カワイイもんだね」
「ウゼェだけだ」
「そう? 嘘でも良いから言って欲しいんでしょ。"好き"だって」
冷やかすような口笛と共に、番外個体の指が打ち止めの前髪を撫でる。瞼に掛かっていた打ち止めの髪が整えられて、幾分収まりの良い状態になる。
「そういういじらしいの好きそうだと思ってたんだけどな、第一位は」
見透かしたような顔をして番外個体が言う。
「……アホか」
そう返してまた本を読もうと手を伸ばしたところで、打ち止めの体がぐらついたので思わず支える。それを見た番外個体が堪え切れないとでもいうようにクスクス笑った。


 番外個体が居なくなったリビングで、一方通行はぼんやりと天井を見上げる。夜も更けて室内は幾分寒くなってきたが、寄り添う子供の体温は温かかった。何かをかけてやるものを取りに行きたいところだが、今の状態では動くことも出来ない。何せしっかりと上着の胸元が握られてしまっている。
「…………」
その小さな手を見ながら考える。確かに、番外個体の言うことは正しいのだろう。最近打ち止めの視線が変化していることを、何となく察している一方通行だ。きっかけが何だったのかは分からない。ただ彼女の視線が昔のような無邪気な親愛から、どこか情熱的な色を帯びた思慕に変わっていることは前から薄々感じていた。だが直接何か言われない限りどうこうしようと思わなかった。今の関係を崩す気などないし、大体、翻って自分がこの子供のことをどう思ってるのか、と聞かれると困るからである。
「ぅ、」
また一つ大きくガクリと頭を揺らしたところで、打ち止めが気がついたように顔を上げた。
「い、今何時!?ってミサカはミサカは慌てて聞いてみたり」
無言で時計を示してやると、打ち止めは驚いた顔を見せる。もう日付が変わるまで5分もない。彼女が今日何をしたかったのか知らないが、急がなければ間に合わないだろう。だが打ち止めは俯いたまま逡巡するように指を忙しなく組み直すばかりで何も言い出そうとしない。しばらくその状態が続いたので、一方通行は読みかけの本に手を伸ばす。それがキッカケになったのか、打ち止めは少し慌てた様子で口を開いた。
「あ、あの……」
「なンだよ」
「きょ、今日は……嘘、ついても良いし、つかなくても、良い日なんだよね?ってミサカはミサカは確認してみる」
「らしいなァ」
文字を追う目を逸らさずに言葉だけで相槌を打つと、打ち止めがそっと一方通行の袖を引いた。それがやたらと控え目な力の入れ具合だったので、かえって一方通行の気を引く。打ち止めを見下ろすと、彼女は酷く臆病な顔をしてこちらを見上げていた。
「ね、ねぇ……アナタはミサカのことどう思って……る、の……?」
さり気なさを装うとした言葉は完全に失敗していた。打ち止めの瞳が不安の色に揺れている。どう返すこともできなくて、一方通行は黙ったまま打ち止めに手を伸ばす。

 嘘を――ついても良いと、彼女は言う。
 それは単なる逃げ道だ。
 一方通行がどう答えても、彼女が傷つかないための。

 服の袖を握っている指を掴むと、弾かれたように彼女は顔を歪ませた。泣きそうになる寸前の顔。それを見たくないと思ったのは、ほんの数瞬。次に認識したのは、視界いっぱいの彼女の驚いた顔だった。
「……っ、んっ」
キスをしていると気付いたのは、彼女が息継ぎをするように声を漏らしたからだ。温かい息が鼻先をくすぐり、打ち止めが息苦しそうにしているのを教えてくれる。それでも唇を殆ど離さずに至近距離で見つめると、打ち止めが頬を赤くしながら聞いてきた。
「ねぇ、あの、」
その言葉も全て、また唇の中に飲み込んで。舌を触れ合わせるぐらいに深い深いキスをする。脳の感覚が全て唇に集中したかのように、何も考えられなくなる。面白いくらいにこちらの動きに翻弄される彼女が愛おしい。そのまましばらくキスを続けていると、やや強めの力で腕を叩かれた。ようやく唇を離すと、彼女は、はぁ、と大きく息をする。その姿に、息継ぎの仕方を教えた方が良いな、とぼんやりと一方通行は思う。
「……どうして?」
肩で大きく息をしながら、打ち止めは酷く端的な言葉を漏らした。
「日付変わってンだろォが」
顔を上げた打ち止めにはきっと、12時を過ぎた時計の針が見えただろう。それが何を示すのか、彼女が野暮なことを言う前に――否、そんなことはどうでも良くて、ただその感触を離したくなくて、また口付ける。昨日がエイプリルフールだったとか、今日はもう違うだとか。そういうことはどうでも良い。

 あぁ、もう……こんなに夢中になれるものを知ってしまったら。
 彼女にも――自分にも、嘘をつくのが面倒くさい。


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エイプリルフールのくせに嘘をつかないという(すいません
ほら、通行止め各所が嘘つきまくりでしょうから、うちぐらい良いかなーみたいなー?
ところでうちの通行止めはホントソファ好きですね…(俺の趣味です


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