「どこかへ、行ってたの?」
結標淡希がそう聞いたのは打ち合わせと言う名の殺伐とした会話が終わって、各々が帰途につくその途中のことだった。同じ方向に足を進めていたものの、ナカヨシコヨシな雰囲気があるわけでもなく、ただ足音だけを響かせていた二人の間の沈黙を破ったのは、結標のさっきの台詞だった。
「なンでだ?」
聞き返す一方通行に、結標は、皮肉るような笑みで答える。
「血以外の匂いが混じってるからよ」
そう嘯く結標の表情には、微かな苛立ちが混じっている。
 二人の影は、道の脇に設置されている街灯の光で、現れたり消えたりを繰り返している。それでも、同じ辺りから影が伸びている――つまり歩調があっている辺り、まだマシなのかもしれない。あんな出会い方をした割には、だが。
「暖かい、日向の匂い。似合わないわね、一方通行。表の世界の残り香なんて、させてこないで」
半分軽蔑したような声で結標は言う。だが、その声音にもう半分混じっていたのは――嫉妬だ。

 彼には戻る場所があるのだと、残り香は雄弁に語っている。

「……そォだな。まァ、安心しろ。こンなこと、金輪際ねェよ」
けれど、そう言い切った一方通行の目には、何ら表の世界は映っていない。それは、残り香すら消す、明確な意思だった。
「……そ、なら良いけど」
それに少し身震いをしながら、結標は歩調を落とす。
 一方通行は相変わらずの速度で進んでいた。そこには、何ら結標を気にする態度は見られない。グループは元々そういう集まりだ。誰も誰かに合わせようとはしない。お互いの重なるところだけを重ね合わせ、そうでないところは無視する。相手のことを認めはするが、それで何かが変わるわけでもない。
「私、こっちだから」
「あァ? 前と違うトコか?」
「そう、あまり一所に長く居座るのも気が引けるしね」
結標が小さく頷くと、一方通行はどうでも良さそうに、彼女を一瞥して踵を返した。影はどんどん離れてく。特に早足でもゆっくりでもない――つまりは、全くのマイペースで。
 結標はほんの少しだけそんな彼の後姿を眺めた後、徐に道を曲がった。
 一方通行からした、ほんの少しの柔らかい匂い、彼のものではない匂いは、思考の端に留まり続けていたけれど。



***
 その何の変哲もない少女を見咎めた理由は、結標自身にも良く分からなかった――最初は。
「? どうかしたの、ってミサカはミサカは止まったままのお姉さんに声をかけてみる」
空色のキャミソールに男物のシャツを羽織っただけ、という少々周りから浮き気味の格好をした少女は、喋り口調もまた変わっていた。だが、どう見ても表の世界――平和な日常の世界に生きる側に見えた。
「おーい、ってミサカはミサカは手を振ってみたり」
少女の声が大きいことも去ることながら、こんな真昼間の人通りの多い大通りで立ち止まっているのが悪いのか、追い越していく通行人から奇異の視線が投げかけられてくる。結標は、はっと我に返ると、何でもない、と言うように笑みを作った。
「大丈夫だから。そっちはどう? 怪我はない?」
「ミサカは大丈夫だよ、ってミサカはミサカはぶんぶん腕を振ってみる!」
小さな体を跳ねさせながら、少女はにこにこと結標を見上げて笑った。その邪気のなさに眩しいものを感じながら、しかし少し寂しくもなって、結標は居心地の悪さを感じる。
「ありがとう、じゃあ、私は行くわ」
「気をつけてねー!ってミサカはミサカは見送ってみたり」
そうして、ただ道端でぶつかっただけの少女と結標は別れた。
 それは僅か3分ばかりの邂逅だった。



***
 裏路地へ曲がると、少し奥の方に人影が見えた。だが、結標は驚かない。気配は感じられたし、相手もそれを隠そうとしていなかった。だから、結標は構わず歩を進める。近づいていくと、ちょうど表情が判別できるくらいの距離で、彼は結標の方へ振り向いた。
「あのクソガキになンの用だァ?」
一方通行の視線が、結標を射抜く。その目は、どこか軽めの威嚇を纏っている普段のそれと違って、随分静かで――だからこそ、一方通行が真剣だということが分かる。少し気圧されるくらいの視線だった。
「べ……つに、歩いていてぶつかっただけよ」
「…………そォかよ」
それ以上、一方通行は深く追求してはこなかった。まぁ事実は事実だ――尤も、ぶつかった後に二、三言葉を交わしてしまったけれど。

 しばらく、沈黙が降りた。結標は動けない。一方通行も動かない。
 辺りに漂うのは、裏の世界に相応しい沈黙と、届かない光、そして――ほんの少しの生臭い匂い。

 俯いた一方通行は、現れた時と同じくらい唐突に、結標に背を向ける。
「…………何よ」
知らず、言葉を零すと、結標は唇を噛んだ。戻ることはない、と言った癖に、まだそんな違う世界のことを気にして咎めてきた一方通行に、結標は腹を立てていた。けれど次の瞬間、彼女は、そうか、と一人ごちる。

 どうして、あの少女をそのまま無視することが出来なかったのか――

「……血の匂い、移したのね」
その呟きは彼の背に届くことなく、溶けて消えてしまった。


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結標と一方さんでシリアスってみた
でもこの二人出会いが出会いだからもっとギスギスしてそうだなぁ
一方さんはグループ入ってからも時々打ち止めの様子を見てるんじゃないかしら、とは思うのですが、
これじゃあまるでストーカーですね!
ぶつかっただけで見咎めるなんて、過保護も過ぎます


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