首に纏わりつくのは、彼女を救った証か、それとも――


 酷く暑い日だった。すぐ近くのコンビニまでコーヒーを買いに行って戻っただけで、上着の下の肌は軽く汗ばんでいる。
(ちょっとくらい長居すりゃ良かったかァ……?)
そう思いつつ、一方通行は玄関のドアを閉めた。黄泉川の部屋も涼しいは涼しいが、コンビニの環境破壊まっしぐらの冷房に比べればたかが知れている。靴を脱ぐと、上着の首周りを引っ張って汗が乾かしながら、一方通行はリビングへ向かう。玄関に直接通じている廊下よりも、リビングの方が快適なはずだ。
(っ、)
汗が一筋、首筋を伝っていくのが分かる。電極の具合を確認しつつ、一方通行は首のコードに隙間を作った。チョーカーの180度真逆の部分は肌に食い込んできたが、代わりに隙間を作った部分は僅かに涼しい。そういう悪あがきをしつつリビングに入ると、室温が低くなったせいか、汗は急速に引いていった。
「あら、調子が悪いの?」
気遣うような、けれどもけして押し付けがましくない声がする。視線を走らせると、ソファの辺りで分厚い本に目を通している芳川の姿が目に入った。専門書か何かなのだろう、遠目にも書かれたタイトルが日本語ではないことが分かる。話しかけてきた癖に、芳川の視線は一向に一方通行の方を向く様子はない。
「暑いンだよ」
命綱だとは言え、夏真っ盛りのこの時期に首筋のチョーカーは煩わしい。
「……面倒じゃない?」
のんびりとした口調で、芳川は言う。今度は芳川の視線は一方通行の方に向いていた。どこか射るように真剣な瞳は、一方通行の首元を見ている。
 あの事件から、一方通行が不自由な生活を強いられているのは、誰の目から見ても明らかだった。能力の制限どころか、常に杖をつく生活は一般人からも程遠い。これまでの一方通行ならば、外がどんなに暑かろうが、汗一つかかずに済んだはずなのに、今ではこの有様だ。けれど――
「別に。俺だけ五体満足でも、あのクソガキが死ンじまったら意味がねェ」
間髪入れずに一方通行は答えた。
 能力が残って学園都市最強のままであったとしても、傍らにあの『クソガキ』がいなければ、守るべき光がないのなら、意味などない。逆に、首元が煩わしかろうが、杖をつく生活だろうが、あの『クソガキ』が笑っているためならば、全く厭わない。
「あの子が大事なのね」
問うような、けれど答えは不要だ、と言わんばかりの悟り切った芳川の言葉に、一方通行は答えない。黙ったままの一方通行を見てため息をつくと、芳川はテーブルに本を伏せて近づいてきた。
「どんな負い目があっても、少しは誇っても良いと思うわよ」
そうして、ふと、何でもないことのように、芳川は一方通行の首元に触れてくる。それがあまりにも自然な動作だったので、一方通行の反応は遅れてしまう。
「キミは、あの子を救ったんだから」
それがまるで証であるかのように、芳川はうっすらと笑って電極に触れている。その手つきは首筋を撫でるような、頬を救い上げるような、優しい手つきだった。
 けれど――その台詞や行動があまりにも『おあつらえ向き』過ぎて、一方通行は弾かれたように、芳川の手を振り払う。
「……あのクソガキが、オマエら表のヤツラと普通に生きてりゃそれでイインだよ」
そう、自分に言い聞かせるように、一方通行は吐き捨てる。許しを与えられそうになった自分に反吐が出そうだった。芳川が悪いのではない。彼女が言うのは、彼女なりの正論だからだ。だが、それを受け入れることは――一方通行自身が許せない。

 これまで自分が殺してきた彼女たちの重みや、今も生きている彼女たちの想いが、一方通行にそれを許させない。

「……こンな下ンねェ勲章なンざ要るか」
滑り落ちた言葉は、ある一面で本音だ。けれども、別の一面では全く持って大嘘だった。
 この下らない勲章は、彼女と自分を縛る、唯一の理由なのだ。
 この下らない勲章は、彼女と自分を繋ぐ、唯一の――免罪符なのだ。

 この下らない勲章がなければ――彼女を、想うことすら、許されない。

「…………複雑ね、キミも」
今にも引きちぎりそうなくらいに力を込めて電極を握っていた手を、芳川の手が包み込む。その温かさを一方通行が感じると同時に、彼女の指が頑なに握った指を解いていくのが分かった。
「何であれ、少しは大切にしなさい」
苦笑を浮かべた芳川は諭すようにそう言って顔を上げる。その視線に何か答えようとした一方通行は、けれど数瞬の後、その言葉を飲み込んだ。



「んー、どうしたじゃんよ?」
黄泉川は、一方通行が出て行ったドアの方に視線を向けたまま聞く。外があまりにも熱かったので取り合えず飲み物でも飲もう、と勢い良くリビングに足を踏み入れた途端、一方通行がすれ違いに部屋を出て行ったのだ。彼にしては珍しく下を向いていたので、黄泉川はその表情を確かめられなかった。
 芳川は少し肩を竦める。
 あの年齢だから、と言うわけではないだろう。超能力者だから、と言うわけでもない。ただ――真面目で、不器用で、人一倍純粋だからこそ、一方通行はきっとあぁも悩んでいるのだ。
「傍にいたいから、傍にいる。どうしてたったそれだけのことが、難しいのかしらね?」
誰にともなく、芳川は小さな声で呟いた。


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打ち止めが出てこない通行止め
電極に象徴される、通行止めの運命共同体具合が大好きですよ
でも寧ろこの辺りは原作のフォローを全裸で待ってる感じです


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