この海水浴場に子供が来るなんて珍しいことだ。近年発達した屋内プールのせいか、はたまたは交通網から微妙に取り残された位置のせいか、例年盛況とは言いがたい状況になっている、こんな辺鄙な海岸に、はしゃぐ子供の声が聞こえるなんて何年ぶりだろうか。

「うーみー!ってミサカはミサカは感動のあまり声をあげてみる! やっほー!ってミサカはミサカはまずは定番のシチュエーションをこなしてみたり!」
「そりゃ山だろォが」
訂正、はしゃいでいるのは片方だけのようだ。海岸から少し離れているこの海の家から観察してみても、もう片方はあまり乗り気でないように見える。
 奇妙な二人連れだった。髪も肌も白く華奢な少年と、彼から少し年の離れた茶色の髪の少女。動きが緩慢でいかにもやる気のない少年に対して、はしゃぐ少女の声は明るい。年齢からするとなるほど、兄妹に見えなくもないが、それにしては容姿が違いすぎる。

「取り合えず楽しむべし!ってミサカはミサカは真っ直ぐ海へゴーしてみたり!」
「オイ、準備運動しやがれ」
少女の首根っこを掴んだ少年が言う。じたばたと少女は手足を動かしていたが、華奢に見える少年の力は案外強いらしく、びくともしない。少女は諦めて、しぶしぶ、といった様子で準備運動を始める。
「? あなたはしないの?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
少年は少女の横に突っ立ったままだ。尋ねられた少年は呆れたように少女に言い返した。
「なンで俺が準備運動しなきゃなンねェンだよ」
「? だってミサカは運動しなきゃいけないのにあなたはしなくて良いなんて変、ってミサカはミサカは咎めてみたり」
「あァ? 海に入ンねェのに準備運動もクソもねェだろォが」
その瞬間、少女が目を見開くのが遠くからでも分かった。
「えぇええええ、なんでなんで?!ってミサカはミサカは飛びついてあなたを尋問してみたり」
「オイ、オマエ俺の格好見てみろ」
「水着忘れたの?ってミサカはミサカは、」
ぺしん、と少年が少女の頭を叩く。不機嫌そうに頭をかいた少年のもう片方の腕には、現代的なデザインの杖が握られていた。あれでは海には入れまい、と思ったが、その通りだったらしい。
「えー、ってミサカはミサカはぶーぶー文句を言ってみる。能力使用モードにしたら大丈夫だよね、ってミサカはミサカは提案してみたり」
「バァカ、ンなことにバッテリー使ってられるか」
少年はにべもなく少女の提案を断ると(私には良く分からないが、二人の様子からすると、何となく少年に分があるように思えた)、さっさと海に背を向けようとして――
「ばしゃばしゃ、ってミサカはミサカは海水攻撃してみたり!」
「テメェ……」
思いっきり海水を食らった少年は、ぽたぽたと水滴をたらしつつ少女を睨みつける。その視線は、実際にそれを向けられたわけではない、遠くから眺めているだけの私にすら恐ろしさを感じさせるものだったが、少女は、驚いたことに、何ら動じる様子がなかった。
「ばしゃばしゃばしゃー、ってミサカはミサカは更に攻撃を! 続けて! みたり!」
「オイ、このクソガキ!」
「わー、怒った怒った!ってミサカはミサカは逃げ出してみる!」
「待てコラ」
少年が少女を追いかける。少女は笑って浅瀬を駆けていく。


「その辺借りてイイか」
実際は海に入っていないというのが信じられないくらいにずぶ濡れになった少年が、畳の方を指さして聞く。私が、構わないよ、と答えると、少年は少女の体を引っ張りあげた。それは端から見ても少し乱暴なもので、案の定少女は咎めるような視線を少年に送る。
「も、もうちょっとお手柔らかに扱ってほしな、ってミサカはミサカはあなたに抗議してみたり」
「ここまで連れてきてやったのに文句言ってンじゃねェよ。体力の分配考えろ」
言い合う少年と少女。だが、そのうち落ち着いたのか、段々静かになる。少し視線を走らせると、少年が少女に膝枕をしているようだった。はしゃぎ疲れたらしい少女は体の力が半分くらい抜けていて、気持ち良さそうに目を閉じている。何だかんだで、少年は少女に少し甘いようだ。その証拠に、彼女に直接扇風機が当たらないよう、だけれどもちゃんと涼しくなるよう、少年は最適な位置を取っている。
「楽しいね、ってミサカはミサカは大満足……」
少女が夢見心地のような顔で言う。
「あァ、そりゃ良かったなァ」
心底どうでも良さそうな少年の声。けれど――その髪を撫でる手つきは柔らかい。良くもまぁこの年で、ここまで天邪鬼な行動が取れるものだと思う。

 私は立ち上がる。
 カキ氷でも用意しよう――少しでもこの海が、この夏が、この子供たちの思い出に残るように。


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第三者視点の通行止めって意外と兄妹みたいなのかな、と
こういう眩しい日々って実際の通行止めにはないわけなんですが、
妄想くらいしたって良いじゃないですか……
そういや海の家の話は原作の4巻でありますよね
一方さん主人公だとあんなドタバタにはならなさそうですが


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