瞼の裏の慣れた血の色が、やがて鈍色に変わり、そこでようやく目が覚める。
 手折られた腕、捨てられた足、それら総てが記憶の血肉になっていることを否が応でも思い知らされるのは大抵この手の夢によるもので、その度に荒く息を吐き、込み上げる酸っぱい胃液を嚥下するのに苦労する。
(夢は、)
 無意識の現れであり、心の秘めた欲望の現れ――だったか。頭の中に反響する頭痛を目を閉じてやり過ごし、傍らのテーブルから取ったミネラルウォーターを口の中に流し込む。消えない、血の味。終わらない、既視感。眩々とする視界を引き摺って、冷たいフローリングの床に足を下ろす。ようやく寝床に潜り込まないようになった子供を探し、やがてソファに丸まっている小さな影を発見する。呼吸に合わせて上下する空色の毛布が、温かな気配が、一種違和感を持ってこの部屋に存在している。
(なンだ……、)
脳がキリリと痛みを告げ、言葉が出てこなくなる。雑音の走る思考に、いつかの血溜まりが重なっていく。
(こいつは、なンだ……、)
刹那――過去に見えた視線は、彼女が目を開けた時に見せるそれときっと同じ。だから生きているはずはないと首を振り、彼女に乱暴に手を伸ばす。
「……生きてる、」
そう、温かな彼女の頬を引っ掻くように撫でては思う。

(まだ、)
 殺すものがあることを、嬉しく思っている自分と。
 殺さなかったことに、安堵している自分と。

(化物、に相応しい思考だなァオイ)
 心の中で吐き捨てて、彼女の眠っているソファの横に腰を下ろす。傍らから聞こえてくるゆっくりとした寝息のペースは変わらない。きっと自分がその呼吸を■■るまで、ずっとずっと変わらない。

 総て殺し尽くせば戻れるはずだと、そう信じていた頃の硬直した安易な刷り込みは、今でも甘く囁きかけてくる。
 ――その罪をずっと背負い続ける気なのかと。
 ――お前は被害者なのだと。
 ――悪いのは総て自分をこうした『何か』なのだと。
 そう、語りかけてくる。

 けれどその度に思うのだ。
(何に、戻れるってンだよ)
 それは温かだったはずの日常なのか、それとも自分が元々そうだったはずの正常な■■なのか。
 どちらにしろ、とっくの昔になくなってしまったであろうそれを目の前にぶら下げられたところで、褪めた目を返すことぐらいしかできない。


 首筋に口づけて、噛み切るか噛み切らないかの強さで肌を嬲る。そうしていると安心する自分が居ることを否定するのはもう止めた。詮のないもののはずなのに、妙に匂い立つように感じられるその体温。この子供だけが、そんな風に感じさせる。この子供だけが、そんな思考にさせる。
(なンだ……、)

 生きていないと、■■ない。
 けれどどうしても、■■たい。

(どォしたいンだよ)
 深く深く息を吐き、走るように鳴る鼓動を落ち着ける。震える手を握り締め、ゆっくりと二、三度それを繰り返す。危険を見過ごした草食動物のように無防備に眠る子供に視線をやり、知らず知らずのうちに舐めていた唇に指を這わせる。


 なぁ、俺にとってオマエが大切なのは何でだと思う。
 そんなこと、オマエは知らなくて良いんだ。

 自分が人間であるかをずっと試しているなんて
 ――そんなこと、オマエは知らなくて良いんだ。


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新年にこんな話を書こうとしてたんですか>自分
若干暗めの話なのでちょっとインターバルをおけ…てないよ!
イメージ的には実験の傷が癒えてない初期もやし
たまにはこういうのも…許してください…


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