涙目になっている打ち止めを見たことは少なくないが、こんな深刻な顔をしている打ち止めを見るのは初めてだった。
「あれー……どうしたじゃん?」
黄泉川はスカートの端を両手で握り締めたまま立ち尽くしている打ち止めに聞く。こう見えて打ち止めは強い子供なので、あまり泣き言を言ったりはしない。精神的にはもしかすると一方通行よりも強いかもしれない、黄泉川はそう見ている。
 そんな子供が、泣きそうになっていた。
「…………どうしたじゃん?」
しゃがみこんで視線を合わせると、打ち止めは堪えるように唇を噛んだ。口を開いたら、泣いてしまいそうなのだろう。何も言えずに、彼女は下を向いている。
「落ち着いたらで良いから、話してみるじゃん」
安心させるように頭を撫でると、打ち止めはこくり、と頷く。何か飲み物でも用意しよう、と黄泉川は立ち上がった。



 いつもの五割増し、一方通行の機嫌が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。だが、良い意味でも悪い意味でも無神経なところのある芳川は、特に気にしない。気にしてどうにかなるものでもないからだ。
「ねぇ、一方通行。打ち止めを見なかった?」
「あァ?」
一方通行の眉間に深い皺が刻まれる。そのまま、ぐい、と手に持った缶コーヒーを飲み干して、一方通行は吐き捨てるように言った。
「知らねェよ、あんなガキ」
おや、と芳川は心の中で首を傾げる。どうやら、珍しく――本当に珍しく――今の一方通行は打ち止めに悪感情を抱いているらしい。苛々とした様子で、一方通行は舌打ちしていた。この様子では今は話しかけても無駄だろう、そう思って芳川は踵を返しつつ言う。
「見かけたら教えてね。少し用事があるから」
「見かけたらな」
気のない様子で一方通行は返した。



 ようやく落ち着いてきたのか、渡したカップを受け取った打ち止めは、相変わらず下を向いたままだったものの、ゆっくりと話し始めた。
「あのね、あのね、あの人がミサカに怒ったのなんて、初めてなんだ、ってミサカはミサカはしょんぼりしてたり」
「あぁ……そっか」
腑に落ちた黄泉川は、打ち止めの言葉に頷く。一見打ち止めに対してよく怒っている感じのする一方通行だが、その実、彼が本当に怒っていたことはない。寧ろ不機嫌になりはするものの、ちゃんと打ち止めに付き合っている辺り、彼女が彼にとってどれだけ特別なのかが分かろうものだ。そんな一方通行に怒られるのは、打ち止めにとって青天の霹靂みたいなものだろう。
「どうしよう、ってミサカはミサカは落ち込んでみる。あの人に話しかけようと思っても、どうしてもあの人のところに足が進んでくれないの、ってミサカはミサカはわけが分からなくて途方にくれてみたり」
子供特有の怖いもの知らずだった打ち止めは、初めての感情に混乱しているらしく、縋るような目で黄泉川を見上げる。それが――悩んでいる本人には悪いけれど――何だか微笑ましくて、黄泉川は笑ってしまいそうになるのを堪えながら、打ち止めに話しかけた。
「怒るのは悪いことばかりじゃないじゃん」
「? だって、怒るって、あの人がミサカのこと嫌いになるんじゃないかな、ってミサカはミサカは、」
堰を切ったように話し出す打ち止めの言葉を遮って、黄泉川は突きつけるように言った。
「じゃあ打ち止めは、一方通行が嫌なことがあってもずっと隠して我慢してても良いんじゃん?」
「っ!!……それは困る、ってミサカはミサカは……」
驚いた打ち止めが動きを止めて叫ぶ。考え込んでしまっているらしく言葉は続かなかったが、黄泉川の言った意味は通じたのか、暗いだけだった表情が少し変わった。
「怒る時はちゃんと怒って、嬉しい時はちゃんと嬉しがって、そういうのが仲良しの証拠じゃん」
ふっと笑いかけた黄泉川に、仲良し、と鸚鵡返しに打ち止めは呟いた。



「まだ続いてるのね」
「なンのことだよ」
「喧嘩」
短く芳川は言う。あからさまに機嫌を悪くして立ち上がった一方通行に、芳川は話しかける。
「……キミは気づいてないみたいだけど、良い証拠なのよ? それって」
「良い証拠だァ?」
立ち止まって振り返った一方通行は、怒った表情を隠そうともしないまま、芳川をせせら笑う。それは並みの子供にはできない顔だったけれど、でも――やはり、子供の顔だった。だから、芳川は怯まない。
「えぇ、だって」
一度言葉を切ると、彼女は穏やかに言った。
「キミは誰かを傷つけようという意図なしに、喧嘩をしたことはないでしょう?」
「………………」
「そういう風に、誰かに気を許したことはないでしょう? だから仲直りの仕方も知らない。それで困ってる。違う?」
違わないでしょう、と表情で語って、芳川は一方通行に問うた。
「勝手に講釈タレやがって。そンなに俺の頭ン中覗きてェのかァ?」
茶化すように小馬鹿にした顔で一方通行は言うが、そんな彼の態度にも芳川は動じない。堂々と諭すように笑いかける。
「自分でも思っていないことを言っても無駄よ。キミはそんなに頭の悪い子ではないでしょう?」
黙り込んだ一方通行に、芳川は更に言葉を重ねた。
「仲直りなんてね、相手が謝ってきたら許せば良いし、そうでなければ自分から謝れば良いの。そんな簡単なことなんだから」



 リビングのドアの前で顔を合わせた黄泉川と芳川は、お互いに苦笑した。数日前から喧嘩したままの一方通行と打ち止めのことが、どうやら二人とも気になっていたらしい。
「意外と長かったわね」
芳川が小声言うと、黄泉川も頷いた。音をさせないようにそっと覗き込んだリビングの中には、一方通行と打ち止めがいる。彼女たちが保護する子供たちが、声までは聞こえないが、何か言い合っているのは分かった。最初は激しく、でも途中で詰って、子供たちが視線を合わせたまま黙り込むのが見える。

 ほんの僅かだけ躊躇ったあと、一方通行が打ち止めの頭に手を置く。
 震えた彼女が、目を涙でいっぱいにして、彼に抱きつく。

「まぁでも、きっともう大丈夫ね」
「……良かったじゃん」
頷き合って、保護者二人はドアから離れた。


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大人たち出歯亀をするの巻(違
喧嘩の理由はご想像にお任せします
一方通行と打ち止めが何ともならない時は
黄泉川と芳川の保護者二人が上手くフォローをしてくれるんじゃないかな、と想像



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