膝と膝の間はたったの10センチ程度――だがその10センチをもう30分も埋められずにいる。

「…………はまづら?」
「いーやいやいやいやいや、ほら! こういうのってアレだよ! 色々準備とかいっ」
舌を噛んだ。首を傾げて不思議そうに見上げてくる滝壺に口元を押さえながら、大丈夫、と浜面は視線だけで返す。我ながら酷い焦りようだが初めてなんだから仕方がない。つーか、やっべー、今舌噛んだよな。べろちゅーとかどーすんだよ、痛いんだろうなぁ――浜面は回らない頭でぐるぐると考える。
「? あぁ……ようい、」
痺れるような舌の痛みを何とか誤魔化そうと躍起になっている浜面の横で、ごそごそと滝壺がポケットに手を突っ込む。何をしてるのか、と訝しく思った浜面に、滝壺が少し恥ずかしそうな顔で何かを差し出した。
「せーふせっくす」
「ノォオオオオオーーー!!!! 寄れてる! 思いっきり穴開いてる! ポケットにどれだけ長い間入れてたんだよ!? これじゃデンジャーセックス! 避妊無理!!」
滝壺が取り出したのは例の避妊のために使うゴム製品だったが、どう見てもよれよれで使えそうな代物には思えない。というか既に肝心の密閉性に支障が出ているらしく、もう使えませんと言わんばかりに穴が開いていた。手に取るのもどうかと思ったので、指を指して件の穴を知らせると、滝壺もようやく気づいたのか少しだけ目を見開く。
「結構前から入れてたか、ら……」
言い訳をするように呟かれた滝壺の言葉は、段々尻すぼみになっていった。顔を真っ赤にして俯いた滝壺を見て、遅ればせながら浜面もさっきから話題が『直接的な』ものになっていることに気づく。
「あー……ソウデスカ。結構前から……」
浜面も赤面した。次に言うことが思いつかず、そこからまた二人の間に沈黙が下りる。どちらもそういうことを意識しているはずなのに、どうしても距離が縮められない。

 と、その時、浜面の携帯電話が音を立てた。二人してビクッとしてから、浜面は携帯電話のディスプレイを見る――相手は絹旗だ。緊張が切れた浜面は手だけで滝壺に謝りを入れると、頭をかきながら通話ボタンを押す。
「はい、もしも」
最後のし、は言えないまま、滝壺の唇に吸い込まれていった。
「っ、む……」
手のひらからやけにゆっくりと携帯電話が落ちていく。性急に首に回された滝壺の腕は収まりが悪かったけれど、侵入してきた舌がすぐに浜面の意識を惹きつけた。数えるほどしか触れたことのない滝壺の舌が、貪るようなせっかちさで浜面の舌に絡まってくる。
「んっ……っちゅ、」
耳に響いてくる音が妙に性的に感じられて、ドキリとする。流石にキスだけは何度か交わしているものの、こんな風に滝壺の方から積極的にキスをされるのは、ファーストキス以来のことだ。だが男としていつまでも主導権を握られているわけにはいかない。何より彼女の方から求めてきてくれた、という事実が、チキンな浜面の背中を押した。
「ぅんっ、……ぁむ」
キスに夢中になっている滝壺の方へそっと体重をかけていく。背中に回した腕で彼女を支えながら、浜面はゆっくりと滝壺の体を横たえた。浜面の行動に気づいたのか途中で彼女はぴくりと反応したが、抵抗はなかった。しばらくキスを続けた後、どちらともなく二人は唇を離す。組み敷いた滝壺の目は、熱で潤んでいるように見えた。少し不安そうな光が、瞳の奥で揺れている。
「大事にするから、」
言ってしまってから、始める前にわざわざそんなことを言う方が嘘くさいということに気づいて、浜面はしまった、と思う。けれど、滝壺は手を伸ばして浜面の頬をそっと撫でて囁くように言った。
「うん……」
来て、と言うように、滝壺の腕が浜面の首筋に回される。

 後には言葉などなく、浜面は熱い腕だけで答えを返した。


-------------------------------------------
多分携帯電話の通話ボタンは押されっぱなしでした的なオチが待っている
滝壺が何気に絹旗に警戒心を抱いてると良いなー、と思ってたりする


inserted by FC2 system