『ねぇ、』
「なンだよ」
『あなたなかなか電話してくれないよね、ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり』
その質問はあえて無視した。メールは残るからだ、と言ったら。そうやっていつでも振り返れる思い出を積み上げてるのだ、と教えたら。きっと彼女は怒るだろうから。



 子供の頃は写真ばかり送られてきていた携帯電話は、今では主なコミュニケーションの手段になっている。一方通行が黄泉川のマンションを出てから、打ち止めに住んでいる場所を知らせなかったからだ。
「アー、もしもし」
『出・る・の・が・おそーーーーい!!ってミサカはミサカは怒ってみたり』
スピーカーから流れてくる大声に耳がキンキンする。耳を指で抑えながら、一方通行は、落ち着け、と返した。仕事中に何度か着信が入っているのを見ていたが、キリが悪いので放っていたらこれだ。
『今どこなのー?ってミサカはミサカは聞いてみる』
「外だよ」
『? 外? こんな時間に?ってミサカはミサカはアナタの夜更かしさんぶりに呆れてみたり』
「野暮用だ」
全てが終わった後の倉庫は静けさに満ちている。気絶した男達が時折上げる呻き声も、流石に100メートルも移動すれば聞こえない。背を預けた壁の冷たさに顔を顰めながら、それでもごく平静を装って声を出す。
「そっちこそ夜遅くまで起きてやがンなァ。ガッコあンだろォが」
『明日はお休みだよ?ってミサカはミサカはカレンダーを確かめながら言ってみる』
言われてみれば、明日は週の半ばではあるものの休日だった気もする。だがカレンダーを頭に描くのが億劫になって、あァそォ、と気のない返事をするに留めた。打ち止めも特にそれは大事なことでもなかったらしく、すぐに話題を切り替える。
『最近忙しいの?ってミサカはミサカはアナタを心配してみたり』
「オマエその話題何度目だよ、一昨日話したばっかだろォが」
彼女の鋭さにギクリとしながらも、一方通行はごく普通に返した。確かに最近仕事が増えてきた――生傷が絶えなくなり、偶に会っていた打ち止めともここ二、三ヶ月顔を合わせていない。
『ふぅん……?』
「なンだよ」
『浮気はダメだからね、ってミサカはミサカは釘をさしてみたり……』
釘を指すにしては、弱々しい口調。それが彼女の一方通行に対する弱気を表しているようで。つい強めに、阿呆、と返してしまった。


 ご飯はちゃんと食べてね、と最後に残して、打ち止めは電話を切った。通話時間は15分――クダラナイことを話していた割には最近かけたどの電話よりも長かった。長電話に体の節々が硬くなっている。携帯電話を操作して、一番下に作った『20001』という素っ気ない名前のフォルダを呼び出す。本当に詰まらないやり取りばかりのメールがかなり昔の分から並んでいた。
「バーカ」
元々必要なこと以外で連絡するような性質ではないので、用件は殆ど電話で済ませてしまっている。本当にくだらなくて意味がなくて――だからこそ愛おしいものは、積み上げているこれだけなのだ。

 昨日は死ななかった。今日も死ななかった。けれど明日も明後日も分からない……だから。
 逢えないのなら、傍に居られないのなら、せめて――彼女の記憶を抱いて死にたい。
 そう思う自分は、弱くなったのだろう。
 けれどそう思う自分がきっと、ここまでこの体を生き長らえさせてきたのだろう。

「さァて、」
体はまだ動く。だから立ち上がる。両手を振る。痛い――まだ生きている。ふらふらするが、歩く分には問題ない。転がってた杖を拾って体重を掛けると、感覚が少しずつ正常になっていくのが分かった。ぼんやりとしていた痛みがジクジクとする痛みに変わり、視界に徐々に色が入り出す。少し歩いたところで、入り口の方から伸びる影に気づく。顔を上げると、金髪グラサンのニヤニヤ男――土御門が立っていた。
「お守りは役に立ってるのか」
「……満身創痍だなァ、テメェも。無駄口聞いてる暇あンのか」
質問に全く別の質問を被せると、土御門は肩を竦めた。その表情に僅かに苦味が走る。いつものことだが、軽くクリアというわけには行かないらしい。
「ま、どちらにしろ生き残ったんだから、次の仕事だ」
土御門の前を通り過ぎようとしたところでそう言われ、一方通行はポケットの中の携帯電話を握りしめた。まずは帰ったら、未練がましくもう一度声を聞こう。

 今日は生きている、明日も生きてやる。
 そうして――いつか。
 記憶ではなく、彼女を抱いて死にたい。


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うちのもやしはマジ後ろ向きに前向きですね!
自暴自棄な前向きってもやしにお似合いな気がするんですがどうでしょうか…(俺の趣味でした
ところでナチュラルに付き合ってる設定になってるけど通行止め的にありなの…? ありだよね?


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