1人目は、2人目は、10人目はどうだったか。正直に言うと、覚えていない。最近は夢にすら出てこないのだから、まったく自分の神経には呆れたものだ。
 まぁ、それは――ほんの少しの間だけ傍らにいた、あの『ちょこんとしたちんまいガキ』に多少の原因があるかもしれないけれど。




 一方通行が街中で彼女を見かけたのは、とある金曜日のことだった。それは、全く完璧に一分の隙もなく偶然だった。
「なにやってンだ、あいつ……」
うろちょろと雑踏の中を駆け回る打ち止めは、一方通行が彼女から離れた日からあまり変わっていないように見える。着ている物すら、あの日と同じ青いキャミソールだった。駅前の人ごみの合間から見え隠れする彼女の姿を捕らえた視線を強引に打ち切ろうとした矢先、一方通行の視界にちらり、と彼女に話しかける人影が映った。
「? なンだァ?」
思わず目で追った一方通行は、その人影を観察する。一見してどこにでもいる高校生に見えるが、どこかで、見た覚えのある――
「ッ!!」
一方通行は思わず歯軋りをする。打ち止めに話しかける少年は、確かに、忘れもしないあの無能力者だった。





 駅前のロータリーで偶然見かけた少女――打ち止めは、実に年相応な様子であちこちを探索していた。最初は単なる子供特有の冒険かと思っていたが、よくよく見てみると何かを探しているようだ。
「あれ、どうしたんだ、こんなとこで」
声を掛けると、上条に気がついた打ち止めは、元気よく顔を上げる。
「偶然だね、ってミサカはミサカはたまたま会ったあなたにしゅばっと手を挙げつつ挨拶してみたり!」
「何か探し物でもしてんの?」
打ち止めはうん、と頷いてまたきょろきょろと辺りを見回す。体の小さな彼女は少し背伸びをしてより遠くまで見渡そうとしているのだが、それがどうにも転びそうで危なっかしい。
「迷子を捜してるんだよ、ってミサカはミサカは答えてみる」
さっきまでの様子ではとても迷子を捜しているようには見えなかったが、上条は取り合えず黙っておく。その部分に突っ込むと彼女特有の騒がしさでマシンガントークを繰り広げられそうだからだ。
(そういや初めて会った日も散々振り回されたよなぁ。上条さんは女難の相でも出てるんじゃないですか!?)
そう思いつつも、根がお人よしな上条は打ち止めに提案する。
「肩車でもするか? 遠くまで見えないんだろ?」
「えぇーっ、レディーに何たるセクハラ発言、ってミサカはミサカはあなたのデリカシーのなさに呆れつつ、いつもより高い視線でほらほら愚民どもよ、って出来るわくわくも想像できて、少し考え込んでみたり」
「いや、そうじゃないだろ」
突っ込みつつ、上条は彼女の返事を待つ。





 一方通行は二人の姿を遠くの雑踏から眺めていた。
(ふン、まァ、分かってたけどなァ)
思ったよりその光景が心に響かないのは、感情が麻痺してしまっているからか――それとも、何かが空っぽになってしまったからか。一方通行は大きく息を吸い込んだ。そこで、ようやく呼吸を忘れていた自分に気づく。
 それでも、自分は選択したのだ――彼女から離れることを。

 背が伸びた、と主張する度に、
 髪が伸びた、と報告する度に、
 あなたに近づいた、と笑う度に、
 ――彼女たちを錯覚して、胸が軋んだ。

 分かっている。悪党を名乗ってやっと立っている自分には、そんなことを思う資格すらないと。目を背けずに、それを背負い続けなければならないのだと。それくらいの覚悟がなければ、悪党などやっていられない。
 だけれど、ふと、考え込んでしまったのだ。

 そんな自分が――彼女にふさわしいのだろうか?
 当たり前のように、当たり前の顔をして、その『傍らで』守る――そんなことすら、出来はしないのに。

 一方通行は自嘲する。何だ、自分は『誰かのヒーロー』にでもなる気だったのか――例えば、あの無能力者のように。

「くっだらねェ」
吐き捨てて、一方通行は、彼女と彼女のいる日向に背を向ける。





 打ち止めはふと視線を感じて顔を上げた。
「あれ、ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
きょろきょろしだした打ち止めは一方向に駆けだしていって――立ち止まった。いなくなっちゃったみたい、としょんぼりした様子で打ち止めは項垂れる。
「言ってた迷子、ってやつか?」
少し疑問に思いながら上条は言う。普通の『迷子』なら、探している相手を見つけたら、こちらに向かってきそうなものだ。しかし打ち止めに、疑問に思っている様子はない。どうやら、探し人と彼女の関係は少しだけ複雑なようだった。
「あの人はそうしたいみたいだから、ってミサカはミサカは心配してくれたあなたに言ってみる」
見上げてきた打ち止めの顔が妙に大人びていて、上条は少しどきりとする。まだほんの小さな子供に見えるのに――その表情が示すのは、相手への深い信頼と愛情だった。
「良いのか?」
言外に、その辺りを探してこようか、という意味を込めて上条は言ったが、打ち止めは小さく首を振る。視線はまだ名残惜しげにさっきの場所に向けられていたが、その瞳には理解の色が浮かんでいた。けれど、彼女と数回しか会っていない上条にすら伝わってしまうくらいに、打ち止めは――寂しそうだった。
「ただ、傍にいてくれたら良いだけなのにな、ってミサカはミサカは呟いてみる」
その言葉は、一番届いてほしい彼には届かない。


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厳密に言うと(言わなくても)捏造話です…
サカザキは基本的な二次創作のスタンスとして、
「原作の大事な流れに矛盾するものは書かない」ということにしてるのですが、
今回はちょっとそのルールに反した更新になってますね…すいません


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