手が触れたところでようやく気づく。二人で食べ始めたポッキーの袋は最後の一本を残して空になっていた。見上げてくる子供の目は、はっきりと『渡さない』と告げている。
「オイ、クソガキ。オマエちったぁ遠慮しろ」
「あなたこそ年上なんだからちょっとは年下に譲るべきだと思うの、ってミサカはミサカは主張してみたり」
そのまま見詰め合うこと数十秒、視線は外れない。たかが菓子ごときにここまでムキになることもないのだが、何となく打ち止めが相手だと大人になれない一方通行である。
「「………………」」
しばらく睨み合いが続く。クーラーが稼動する静かな音と、窓の外から聞こえる蝉の声。まったく持って平和な環境に、平和ないがみ合い。それをどことなく止められない一方通行と打ち止め。
「オイ、クソガキ。譲れ。年上敬え」
「そっちこそ、レディファーストって言葉をちゃんと知るべきだと思うの、ってミサカはミサカはあなたに実践で教えてみたり!」
最早最後の一本が欲しい、と言うよりは意地の張り合いになってしまっていることを、二人は自覚していた。でもそれでも何となくきっかけがなくて、お互い引くに引けない。
「?」
先に視線を逸らしたのは打ち止めの方だった。彼女は全く空気を読まずに最後のポッキーに手にする。
「オイ、オマエ、」
それは反則だろう、と言いかけた一方通行に、打ち止めは指揮棒を振るようにしてポッキーを突きつけた。
「勝負しよう!ってミサカはミサカは宣言してみる!」


 打ち止めが仕掛けてきた勝負は一見して単純だった。基本的なルールは所謂ポッキーゲーム――両端からお互いにポッキーを食べ進めていくアレだ。ただし――
「食べるのは交互、お互いに質問を出し合って、質問に答えられなければ質問された方が、答えられれば質問をした方が齧るの、それでギブアップした方が負け、ってミサカはミサカはルールを説明してみる」
「あァ?」
質問をして、相手が答えられなければ相手が齧り、答えられれば自分が齧る、というルールなど聞いたことがない。相手が答えられない質問をした方は齧らなくて良い=有利、ということなのだろうが、ポッキーゲームの基礎的なルールは変更されていない。それでは、元々最後のポッキーを取り合っていたはずなのに、相手に多く齧らせた方が勝ち、という本末転倒になってしまう。だが、打ち止めは特に気にならないようだ。まぁ、お互い"最後の一本"より"勝負"が大事だったわけで、それはそれで別に問題はないのだが。
「と、言うわけで、」
小さな唇にポッキーを咥えると、打ち止めは顔を上向かせる。早速始めよう、ということだろう。何となく断れない雰囲気で、一方通行ももう片方の端を咥えようとして……そこで打ち止めに目配せされる。あぁ、そうか。まずはこっちに質問しろ、ということだ。
 だが、特に聞きたいことなど思いつかない。
「あー、アレだ、最近何かヤことあったか?」
随分と考え込んだ後、そんな世間話以外の何物でもない話を振ってしまう。答えさせるためにもう片方の端を咥えると、打ち止めはポッキーから唇を離した後、うーん、と少し考え込んでから言った。
「えぇとね、年上の癖に意地汚くお菓子を譲ってくれないひとがいたかなー、ってミサカはミサカは答えてみる」
「……あふでおほえてひょ(後で覚えてろ)」
もごもごと悪態をつくと、一方通行は苛立ちをぶつけるようにポッキーを思い切り齧った。次は打ち止めの番なので、そのまま、彼女が口を離して質問するのを待つ。
 ちなみにポッキーは意外と短く、お互い端と端を咥えていると思ったり顔の距離が近くなってしまうことを一方通行は初めて知った。お互い相手にポッキーを咥えてもらわないともごもごとしか喋れないので酷くテンポが悪いゲームである。
「んー、じゃあミサカはあなたの誕生日を教えて欲しい、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」
「ァ?」
誕生日くらい答えにくい質問でも何でもない。一方通行は疑問に思いつつも素直に日付を答える。
「はむっ」
答えを聞いた打ち止めはニコニコと笑う。負けている癖に、なぜか嬉しそうにポッキーを齧る打ち止めの姿を見て一方通行はようやく気づく。
(……やられた、)
つまりは、ポッキーゲームに見せかけた、質問大会というわけだ。乗ってしまった手前もう引けないが、普段聞き難いことを聞く機会を与えてしまったことになる。置かれている立場が立場なので、何かと打ち止めに隠していることの多い一方通行には、それだけ質問に繋がる隙が多い。
(別に、)
それならば質問に答えずに大口でポッキーを食べきってゲームを無理矢理終わらせてしまえば良いのだが、そうするとこんなクソガキに嵌められたことになるわけで。
(あァ、クソ……)
八方塞りだ。唯一の頼みは打ち止めに答えられない質問を浴びせかけて、彼女の方からギブアップさせることなのだが、打ち止めに聞きたいことなどほとんどない。
(………………)
あぁ、そうかと一人ごちる。打ち止めは一方通行と違って、隠し事など全然していない。いつも傍らでやかましく何でもかんでも一方通行に報告しながら無邪気に笑っている。今更そんな彼女に聞きたいことなんてあるはずがないのだ。
(マズイ……)
一方通行は考えを巡らせる。打ち止め自身に聞けることがないのなら、『一般的に答えにくい質問』を聞けば良いのだろうが……少し躊躇してから、一方通行はなるべくぶっきらぼうに聞こえるようにその質問を口にした。
「アー、今日の下着の色はァ?」
「白だよー、ってミサカはミサカは元気よく答えてみたり!」
「アホ、答えンな!」
ポッキーをもう一齧りすると、距離がますます近くなる。質問のせいか距離のせいか分からないまま、一方通行は僅かに顔を赤くして打ち止めの次の質問を待った。


 最初はどうなることかと思ったゲームだが、意外とその後は粛々と進んだ。一方通行は一般的に答えにくい質問を続け、打ち止めの質問に答えるにしても"はぐらかして答える"という戦術に切り替えていた。答えは答えなのだから、問題はない。まぁ尤も、打ち止めの聞くことのほとんどは答えにくいものではなかったのだが。
「む、そろそろ決着…?ってミサカはミサカは唸ってみたり」
一方通行の唇の先から出ているポッキーはほんの5センチほどになっていた。これまで齧ってきたペースを考えれば、次が最後の勝負になることは想像に難くない。次は打ち止めが質問をするターンなので、黙ってポッキーを咥えたまま待つ。どうせ次も好きな食べ物は、とか、好きな女の子のタイプは、とか、そんなどうでも良い内容なのだろう。ようやく解放される、と少し気を抜いた一方通行は――しかし、次の瞬間耳に入った言葉を理解できなかった。

「……あなたは、ミサカのことどう思ってるの?ってミサカはミサカは聞いてみたり」

 その言葉に虚をつかれて、一方通行は目を丸くする。どう思ってる、なんて言われても。
 目の前の子供は守るべき存在で、
 彼女が笑顔でいてくれるならばそれで良くて、
 けれどもそれなら、この胸をすくような、耳鳴りを起こすような、圧倒的な鼓動は、何だ――?

「ねぇ、」
 尋ねてくる唇に、つい視線がいってしまう。そのままもう片方の端に口を寄せる打ち止めを呆然としたまま見ることしか出来ない。咥えた菓子から伝わってくる振動が口の渇きを刺激して、頭の混乱に拍車をかけていく。
 彼女と自分を繋げている菓子の甘さが何倍にもなった気がして眩々する。その質問に答える言葉が、頭の中に何も浮かばない。ただぐるぐると言語化できない想いだけが、心の深いところに渦巻いている。
 誘われるように、パキリ、とビスケットを噛んでゆっくりと咀嚼する。信じるような、怖がるような複雑な色をした打ち止めの瞳に、もう一口近づいていく。
「………………」
そろりと伸ばした手を小さな手に重ねると、打ち止めがきゅっと目を閉じるのが見えた。指先から伝わってくる震えに苦笑する。口の中のビスケットが舌の上で崩れて、甘い跡を引いていく。でも多分それよりもきっと、この子供の唇は甘く感じるのだろう。
(あァ……そうか、)

 これを――この感情を、人は『愛おしい』と言うのか。

 そう思うと逆に何だか惜しくなって、一方通行は打ち止めに噛み近づくのを止めた。お互いの息がかかりそうなほどに近いその距離で、じっと打ち止めを見つめる。そのままそうして待っていると、不思議そうに打ち止めが薄目を開けた。その瞬間を狙って――一方通行は最後までポッキーを食べきると、打ち止めの小さな唇を舌でぺろりと舐めた。
「っ!?」
予想していなかったのだろう、ビクリと打ち止めは体を震わせる。まず感触に驚いて、その次に事態を把握したのか、打ち止めの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。動揺して戸惑った視線を向けてくる子供の様子に満足して、一方通行は打ち止めの額に軽く突いた。
「ゴチソーサマ」
舌に残る甘さに礼を告げて、立ち上がる。両手で額を押さえた子供が、いつもの調子でなくて良かったと心底思う。これ以上らしくないことをしていると、何だか妙な気分になりそうだ。
(アー……)
唇の端に残ったチョコレートを手で拭うと、一方通行は足早に自分の部屋へ向かった。


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22巻表紙が通行止めじゃなくてしょんぼりの俺が通りますよ…
20〜22巻はロシア編ヒロイン&主人公揃い踏みってことですよね!
ということで2次創作だけでもあまあまにしてみたさ!
通行止め冬の時代を頑張って越す次第です…うぅ…


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