始まりは、ちょっとしたゲーム。


 ソファに座る――というより遥かに行儀の悪い格好でぐでっと体を投げ出しているのは二人の少女だった。尤も、雰囲気は大分違っている。片方はすんなりと手足が伸びきった大人に近付いている少女、もう片方はまだ未成熟な子供と言っても良いくらいの少女。浮かべられた表情も違っていて、大人びた少女は人生の酸いも甘いも経験したかのような皮肉めいた眼の色を、子供のような少女はまだ何も知らない無垢な瞳の色をしている。しかし二人の外見はとても良く似ていた。姉妹と言っても通じるだろう。
「あぁ、何にもやる気が起きない」
大人びた少女――番外個体は億劫そうに呟いた。子供のような少女――打ち止めはピクリ、と反応する。
「もう良いオトナに近いのに何で熱くなるかなぁ、ってミサカはミサカは抗議してみたり」
打ち止めが視線を向けた先にはいつぞや流行ったカラフルな円の描かれたパーティーゲームが鎮座している。さっきまで散々体の限界に挑戦していた二人である。
「ミサカはまだ子供なんだからちゃんと接待するべき、ってミサカはミサカは世の常識人のセオリーを力説してみたり」
「何が接待よ、そういうこというマセた子供を全力でたたき潰すのが先輩の役目だね」
「製造順からすればミサカの妹のはずなのに……ってミサカはミサカはブツブツ文句を言ってみたり」
合う時は合うが合わない時は合わない二人なので、本来なら今のやり取りでもそこそこ熱くなるところなのだが、会話はあまり弾まない。二人ともさっきまでゲームでヒートアップしていた反動で言葉の応戦に力が入らないのである。そのまま二人の間にしばらく沈黙が降りる。
 ぐでぐでとしたまま、次に口を開いたのは番外個体だった。
「そういう卑屈な態度だと誰かさんに呆れられるんじゃない?」
打ち止めは番外個体のその言葉に敏感に反応する。
「ひ、ひく……!? そ、そんなことない……あのひとはろりこんだってミサカネットワークでは評判、」
「それはミサカが来る前のことでしょ」
打ち止めの言葉は番外個体に遮られる。それに打ち止めが咄嗟に何も返せなかったのは、何となく彼女も感じていたからだ。
 今まで打ち止め以外の全ミサカは、(本人は認めないが)お姉様も含めてツンツン頭の彼に夢中だった。そういう意味で、打ち止めのライバルは0だったと言える。自分なりにアプローチはしてきたつもりだし、あのひとだって満更でもなかったと思う。なのに、今では番外個体の方が彼に幾分近い距離に居る。

 その――ジリジリとした焦燥感。

 黙り込んだ打ち止めに追い打ちをかけるように番外個体はにやにや笑った。
「何なら、試してみる?」
「試す、ってなに、ってミサカはミサカはもごもご聞いてみたり」
覇気のなくなった打ち止めは番外個体の方をチラリと見る。反対に少し元気になったのか、番外個体は体を起こした。
「どっちが良いか聞いてみようよ。学園都市第一位が真のロリコンか分かるんじゃない?」
「……どうやって、」
「ん? 夢とかどう?」
「ユメ……」
「ネットワークを使えばイケるはず。最初から夢見てる場合はダメだけど、誘導ぐらい……あ、ホラ。ちょうど寝るところみたいだし?」
ネットワークに集中しだしたのか、番外個体が目を瞑る。本当は気が進まなかった打ち止めだが、番外個体を放っておくわけにも行かず結局諦めてのろのろと目を閉じた。



 二人はミサカネットワークへ意識を集中する。程なくして、打ち止めと番外個体は一方通行が見ているのであろう夢のビジョンを捉えた。半分薄靄がかかったような空間は視覚だけなのに肌寒い雰囲気を漂わせている。
 一方通行はいつもの通りのどこか緊張感を漂わせた様子で佇んでいた。夢の中まで彼らしくて、打ち止めは少し笑ってしまう。けれどそれは長くは持たなかった。一方通行は打ち止めの笑みには気づかない。番外個体も打ち止めも一方通行の真後ろに立っているのに、彼はこちらに見向きもしなかった。
「意外と上手く行くもんだね」
拍子抜けしたような口調で番外個体は言う。だが打ち止めはそれに何も返すことが出来ない。
 打ち止めは一方通行の背中を見つめる。だけれど、彼が振り返る様子はない。番外個体も自分も――『同じように』彼からは見えないようだった。
「あ……」
感覚がなくなりかけた手を開く。知らず知らずのうちに握り込んだ指先は、酷く冷たくなっていた。


 しばらくすると、靄は急速に晴れていき、唐突に小さな泉が現れた。ヒュウ、と口笛を吹く番外個体。どうやら彼女が仕組んだらしく、上手く行ったと言わんばかりの顔で番外個体はクスクス笑う。
「うわぁ、メルヘン似合わな」
キラキラした泉に見渡す限りの草原。いつもながらの景気の悪そうな一方通行は確かに彼女が言う通り、全くその場に合っていない。場面変換が唐突すぎたのか、一方通行も半分面食らった顔で舌打ちをしている。
 だが次の瞬間、一方通行の半分面食らった顔が全面面食らった顔になった。泉の中から台がせり上がってきて頭に軍用ゴーグルをつけた無表情な少女――妹達の一人が現れたからである。
『時間外労働を申請します……更に不快手当も追加申請します、とミサカ10032号はジト目で後ろの二人に訴えます』
妹達の一人、ミサカ10032号――御坂妹は一方通行を無視する形で、背後の打ち止めと番外個体に言った。

 あぁ、成程、と打ち止めは思う。どこかで読んだことがあるお伽噺だ。
 泉の妖精が男に問いかけ、男は正直に答えていく。
 この夢はそれになぞらえているのだろう。


 とは言え、酷くシュールな絵面が目の前で展開されている。一方通行は事態についていけていないのか、辺りを見回している。だが無表情のままの御坂妹はペースを崩さず、一方通行を無視してごそごそとスカートから紙を取り出した。内容を確認して、明らかに眉を顰めて面倒そうな顔をした後、御坂妹はいつもに輪をかけて抑揚のない声で文章を読み上げた。
『巨乳と貧乳どちらを選択しますか、とミサカ10032号は至極どうでも良い質問をします』
多くの妹達は一方通行のことをどうでも良いと思っているので、成程ジャッジとして公平だろう。だが質問が明らかに不公平だ。
「こ、ここここんなの卑怯すぎる!ってミサカはミサカは訴えてみたり!」
「あれ? 第一位はロリコンなんでしょ? 揺るぎないロリコンなんでしょ? ならこれくらい何でもないはずだよねぇ」
楽しそうに番外個体は言う。打ち止めは何も言い返すことが出来ない。答えがわかるから俯いたまま、目を逸らすことしか出来ない。一方通行はこちらのやり取りが聞こえてないらしく御坂妹相手に文句を繰り返していたが、そのうちどうにもならないということを悟ったのか、本当に苦々しそうな顔で答えを口にした。
「あ、やっぱそっちだよねぇ?」
番外個体の声に、打ち止めは唇を噛み締めた。


『では、最後の質問です』
「よォやく最後かよ……」
少し疲労した顔で一方通行が呟くのが聞こえる。特に運動させるようなことは何もなかったのだが、気疲れしたのか一方通行の顔は幾分げっそりしていた。
 でも同じくらいに打ち止めも消耗していた。一方通行の答えを聞く度に肩がしょんぼり落ちていって、最後には顔も上げられなくなってしまっていた。
 答えは、全てNOだった。ありとあらゆる答えに、打ち止めは映っていなかった。確かに一方通行の年頃の男ならそちらを選ぶだろう、そういう答えを他ならぬ彼が口にすることで、打ち止めは心にいくつも傷を作っていた。一つ、彼が答える度に。一つ、彼が遠くなるような――。


 最初と変わらず、けれど更に面倒そうな棒読みで、御坂妹は一方通行に言う。
『こちらのミサカとこちらのミサカ、どちらを選びますか、とミサカ10032号は問いかけます』
そこでようやく一方通行の目が自分達二人を捉えた。赤い目を僅かに見開いて――驚いているのだろう、一方通行はこちらを見つめている。だが打ち止めはその視線に応えられない。ただ、一方通行の答えが怖くて逃げるように俯く。逸らした視線の先に番外個体のすらっとした体が見えて、打ち止めは泣きたい気持ちになった。

 傍らの番外個体の存在が、悔しかった。
 彼に釣り合う容姿、彼に釣り合う強さ、彼に釣り合うその何もかもが――自分には、なさ過ぎて。



「アホか」
最初に気がついたのは、頭のてっぺんの温かな感触だった。少し遅れて、声をかけられたのだと気づく。恐る恐る見上げると、一方通行の呆れた顔が視界に映った。
 訳が分からなくて目を白黒させていると、番外個体がにやにや笑いながら近寄ってくる。
「……ま、そうなるとは思ってたけどさ。ありとあらゆる属性でことごとく反対選んどきながらどうしてそっちなのかねぇ?」
「オイ黙れ」
おぉ怖、と大げさに番外個体が肩を竦める。
 二人の会話が分からなくて、打ち止めは目をぱちくりさせた。だって一方通行は全ての質問で番外個体の方が良いと、言っていたのだ。
 打ち止めは一方通行に聞く。
「……あなた、やっぱり実はロリコンさんなの?ってミサカはミサカは聞いてみる」
「知るか」
苦虫を噛み潰したような顔をした一方通行が額を小突いてくる。いつもなら避けるそれを躱すことが出来なくて――何故か分からなかったけれど、躱したくなくて。思わぬ感触だったのか驚いた顔で見下ろしてくる一方通行に、打ち止めは小突かれた額を抑えながら笑った。


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何かだらだら書いてたら長く…なった…
コメディなんだかほのぼのなんだか良く分からないだろう…? 俺もなんだ…
実際に夢操れたらもやしにプライバシーもクソもなくなってしまうんだけどね…すいませんすいませ(ry
あと…俺まだ新約読んでないんだが、番外ちゃんと打ち止めの会話はこんな感じで良いの…?(ゴゴゴゴゴ


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