マンションを出て角を曲がり、駅に向かう道へ足を乗せる。少しだけ速くなっていた歩調を緩めて、何気ないふりをしてそっと部屋の方を見上げた。いつもは開き気味のカーテンが、今日に限っては殆ど閉まっている。それが逆に、彼がその隙間からこっちを見ているような錯覚を覚えさせた。

 送り出された時の声は普段と同じトーンを保っていたけれど、そっぽを向いている姿はどこか拗ねているようにも見えた。誰と、とは聞かれなかったけれど、いつもより少しだけ大人びた雰囲気にしてみた服装に、眉を顰めるられたのを覚えている。
「そこは褒めるべきなんだけどな、ってミサカはミサカは落ち込んでみたり」
ポツリと呟いて、打ち止めはため息をつく。何時に戻るか、といつも通りの乱暴さで聞かれたので、ちょっと分からない、と答えてみた。その瞬間の、彼の顔。
(……どうして、)
少し意地悪したいような、困らせたいような、そんな衝動が心を駆け巡ったことを不思議に思う。
 今日だって、別に男の子と出かけるわけではなく妹達と遊ぶ予定で、ただそれを聞くと彼がいつもほんの少し複雑そうな――罪悪感を滲ませた顔をするから、言わなかっただけで。
(なのに、どうして)
最近はそんな気分になってしまうのだろう。



 家に帰ったのは夕方頃だった。一緒に夕飯を食べるのかと思いきや、次の予定があるから、と妹達にあっさり告げられて、打ち止めは日が傾く中帰途に着いた。
 行く時と同じ角で見上げてみたが、相変わらずカーテンは閉まったままだ。流石にもうこっちを眺めてたりはしないだろうと思う。
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながら告げても、返事はない。少しだけドアの開いたリビングに歩を進めると、ソファからはみ出した足が見える。
(ねぼすけさん)
そう思って前に回り込んでみると西日を遮る形になって、打ち止めは引っかかりを覚えた。
(ずっと寝てたのかな……)
そう思いつつも、違和感は拭えない。少しだけ考えて、呼吸の調子が何だか彼がいつも寝てる時と違うからだ、と納得した。よく見てみると、慌てて寝転んだかのように服の裾が乱暴にめくれてしまっている。

 本当に、もう――
「うそつき、っていうか……意地っ張りさんだね、ってミサカはミサカは微笑んでみたり」

指先で触れた髪は男の人にしてはサラサラとしていて、けれどふと鼻を掠めるのはいつもの彼の匂いで。
(タヌキ寝入り)
そう思いながら、打ち止めはそっと一方通行に接近する。胸の鼓動は不思議と早くはならなくて、ただ何だかぽかぽかとした温かいものが心に満ちている。ただ、それが当然だとでも言うように、引き寄せられるように。

 唇が彼の頬に触れた瞬間に、分かった。
(あ、そうか)
 これが、愛しいというものなのか。

「ッ、」
ほんの一瞬聞こえた、息を呑む音。でも打ち止めは知らんふりを続けた。やっぱり寝たフリだったのか、と思いながら、でもまたどことなく意地悪な気持ちが首をもたげて来て。
 体を起こして一方通行を見下ろす。離れてみると呆れるほどにいつも通りの寝顔で。あぁだけれど、自分はそんな彼の擬態を暴いてしまうくらいに。

(アナタが、言うまで)
こっちからは、言ってあげない――何となくそう思って、打ち止めは小さく微笑んだ。


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虐めたい気分になったのは打ち止めちゃんと言う話
もやは大人のふりして嫉妬とか色々抑えこんでそうだけど
そんなん普通に天使は見抜けるんだよ


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