柄にもなく、泣き出しそうな空だな、と思った途端に、頬を水滴が打った。その数が瞬く間に増えだして、一方通行は後ろを振り返る。
「オイ、クソガキ。傘持ってンのか?」
「やっぱりヨミカワの言うとおりだったね、ってミサカはミサカは胸を張ってみる!」
えっへん、と言わんばかりに自信に溢れた打ち止めが差し出したのは、子供用の、しかも真っ赤な傘だった。一方通行は無言で、ぺしん、と打ち止めの頭を叩く。
「こンなン持ってるうちに入ンねェよ!」
「今のは酷い言いがかりだよ!ってミサカはミサカは断固主張してみたり!」
言ってるうちに、雨は本降りに近づいていく。一方通行は辺りを見回した。ちょうど良いことに、少し先に屋根のある軒先が見える。打ち止めを促して少し早足で歩を進めると、びしょ濡れになる前にどうにか避難することが出来た。
「…………まァ、しばらくここにいるか」
多分、夕立だろう。空の端の方に雲の切れ間が見えていた。



 しばらくは酷かった雨脚も、十数分待てば弱まった。流石に小一時間も待つ気はなかったので、一方通行はそろそろ行くか、ともたれ掛かって体重を預けていたガレージから身を起こす。座り込んでいた打ち止めが、その動きに顔を上げた。
「行くの、ってミサカはミサカは聞いてみる」
「見りゃわかンだろォが。雲ももうねェし、しばらく大丈夫だろ」
雲の流れは右から左。二人のいる軒先から見上げて右の空には晴れ間が広がっている。まだ小降りだが、それでも歩けないほどではない。
「ん、わかった、ってミサカはミサカは立ち上がってみたり」
そう言いながらお尻の辺りの埃を叩いた打ち止めは、一歩足を踏み出――そうとして止まった。先を行きかけた一方通行は動こうとしない打ち止めに訝しげな視線を向ける。
「なンだよ?」
「…………負ぶって、ってミサカはミサカはお願いしてみる」
「はァ? テメェ、俺の状況見てもう一度言ってみろ」
一方通行の片手にはさっき買った缶コーヒーの入ったコンビニ袋、もう片方の手にはいつもの杖が握られている。腕が4本にでもならない限りは打ち止めを負ぶることなど出来ない。だが、打ち止めは珍しく食い下がる。
「その袋持っても良いから、ほんのそこまでで良いから、ってミサカはミサカは懇願してみる」
「……理由言ってみろ。なンかあンだろ」
尋ねると、打ち止めは俯いて小さく呟いた。
「……汚れるから、ってミサカはミサカは言いにくいけど言ってみる」
「何がだよ」
「…………靴、」
言葉を切った打ち止めは、視線を足元に移す。今打ち止めが履いている靴は、この間新しく黄泉川たちと打ち止めが買い物に行って買ってきたものだ。白のスニーカーで、紐だけが赤い。確かに、泥が跳ねれば目だってしまうだろう。
「雨降るかもしれねェ日に新しい靴履いてンじゃねェよ」
「だ、だって……どうしても履きたかったんだもん、ってミサカはミサカは、?」
ずい、と差し出されたコンビニ袋を、目を白黒させて打ち止めは受けとる。少し考えてから、それが了承の意だとわかって、打ち止めは顔を綻ばせて一方通行に抱きついた。
「うわーい、ってミサカはミサカは、ひゃあ!?」
驚いた声を挙げた瞬間には、打ち止めは一方通行の小脇に抱えられていた。そのまま動きにくそうに一方通行は取り合えず水たまりのないところまで移動する。
「え、ちょっとこれはロマンチックじゃないかも、ってミサカはミサカはNGを出してみる」
「オンブなんざ片手じゃ出来ねェだろ。っつーか運び方に文句つけンな。落とすぞ」
一瞬グラッと来たのは、振りなのかそれとも本当に運びにくいからか。打ち止めは黙りこむ。程なくして、一方通行は打ち止めを歩道の上へ降ろした。ここからは道が平坦なので、歩く予定の道に水たまりは見えない。
「ここまでで十分だろ。残りは自分で歩け」
さっさと打ち止めからコンビニ袋を奪い返すと、一方通行は杖の具合を確かめるように、二、三度地面を叩く。その様子が思ったより疲れているようで、打ち止めは一方通行の手に握られたコンビニ袋を引っ張った。渡せ、という意思表示のつもりだったが、一方通行はそれをあっさりと無視する。
「…………ごめんなさい、ってミサカはミサカは謝ってみる」
「謝るなら最初っから言うなっての」
台詞は文句を言うようなものだったものの、その表情はどこか苦さの残ったもので。それが、一方通行が今の自分の状態を歯がゆく思っているゆえの表情だ、と気づいた打ち止めは、ぎゅっと一方通行の腕に抱きつく。
「? なンだよ?」
見上げてくる顔は、真剣そのものだ。
「あなたが自分は傘を持ってこなかった癖に八つ当たりしても、あなたがミサカをおんぶ出来なくても、あなたが全然ロマンチックじゃなくても、あなたが少し走っただけで息を切らせても、ミサカはあなたが良いんだから、ってミサカはミサカは目一杯あなたに伝えてみる!」
「…………最初のはともかくいくらなンでも最後の辺りは見くびりすぎだろォが」
呆れつつ、一方通行は少しだけ体重を預けてきている打ち止めの重さも計算して体のバランスを取り直した。どうせ――
「だったら、もう少しこのままでいても良い、ってミサカはミサカは聞いてみる」
――こんな風に言い出すに決まっているのだ。
「…………そこの角までな」
珍しく了承した一方通行に、打ち止めは笑顔を返す。
「えへへ……って、え、あと10メートルもないよっ!?ってミサカはミサカはあなたの冷酷さに驚愕してみたり!」

 ――甘やかすのは、偶にで良い。


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タイトルはとある曲のタイトルをパロってます(マイナーだけど分かる人いるんだろうか)
白いスニーカーで赤い紐は一方さんイメージだったのです
だから打ち止めは汚したくなかったのです

最初はお姫様抱っことかさせようかと思ったのですが、
そんな甘いのは一方さんじゃないわ!&って言うか杖ついてたら無理じゃね?と思い断念
打ち止めを小脇に抱える一方さんも笑えて良いなぁ、と思って書きましたが、
貧弱な一方さんに果たして打ち止めを片手で抱える力があるのかは疑問が残ります(多分ファンタジー)


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