学園都市にタクシーは必要か――答えは意外かもしれないが、イエスだ。健全な時間帯に公共交通機関が止まってしまう学園都市では、特に深夜、タクシーの需要が多かったりする。しかもお客――すなわち学生の多くは、羨ましいかな、金に困っていない。運転許可が下りるまでは大変だが(何せ車一つにしたってオーバーテクノロジーというやつで、技術が外に漏れないよう厳正な審査が行われるらしい)、来てしまえばこっちのもの。儲かる、しかもそこらで見かけないようなキンミライな車付き、というわけで何気にタクシー運転手も人気職業の一つだったりする。まぁ、でもやってみたらやってみたで色んな苦労があるモンだ。ん? 何だ、気になるのかい? それじゃあ、これまで会った中で飛びっきりの変な客の話をしようか。ありゃ鮮烈過ぎて今でもはっきり覚えているね。



 歩道にいる人間が立ち止まっていたら注視する、それがタクシー運転手に共通する癖だ。そいつが手を挙げるか挙げないか、大体は雰囲気で判断できる。反対側の歩道にいるあのサラリーマン二人連れ、あれはまず手を挙げる部類。片方の足取りがふらふらしてるのは、酔っているからだろう。もう夜中と言っても良い時間、飲み会帰りに違いない。酔ってる人間に肩を貸してる状態で歩き続けるのは意外でも何でもなくしんどいモンだ。そう思ってたら、案の定対向車線のタクシーが減速した。やっぱり手を挙げてたらしい。
 俺はため息をついて、ちらりとこっち側の歩道に視線を走らせた。兄妹が一組、ゆるーい格好のアンチャン、それに通り過ぎていくチャリンコ。まったくシケたモンだった。時間も時間だから、兄妹はどう考えてもこの近所に家があるんだろう。アンチャンは格好がちょっとすぐそこのコンビニに足を運んだ系。チャリンコは言わずもがな。俺は今度はカーナビを視界の端に入れる。次の信号待ちで別の徘徊場所でも探すか、そう思いながら。
 だからその兄妹――今となってはカップルだったと思うしかないが――の背の高い方、すなわち兄貴の方が手を挙げた時、少し驚いた。が、そこは俺もプロというやつ、すかさずブレーキを踏んで速度を落とした。
「わーい、タクシータクシー楽ちん楽ちん!ってミサカはミサカははしゃいでみたり!」
「オイ、静かにしろ、クソガキ」
最初に乗ってきたのは妹らしい小さな女の子だった。十歳前後だろう。タクシー一つにはしゃいでる以前に喋り方が変なのにまず度肝を抜かれた。後部座席にダイブしかねない勢いのその子に話しかけた兄の方も――兄妹っぽかっただけあって声が若い。多分まだ中高生ぐらい――少年と言っても良い年齢だろう。まぁドアを開けたまま座席に乗り込まずに話してるから、声からしか判断できないが。
「っつーか、さっさと奥詰めろ。乗れねェだろォが」
「えーえーえー、でも割とふかふかなこの感触をもうちょっと全身で楽しみたいかな、ってミサカはミサカは……あぁぁぁ、二人きりなのにわざわざ前列に座ろうとしなくても、ってミサカはミサカはちゃんと座り直してみる!」
ガチャリ、と一瞬開きかけた助手席のドアが閉まる。そうして改めて後部座席のドアを開けながら、兄の方が行き先を告げた。タクシーとは言えいつまでも車道に止まっているのは迷惑なので、俺は兄貴の方の姿は確かめずに車をスタートさせた。

 タクシーに乗った時の客の反応は概ね三つだ。一つ、黙って過ごす。一つ、俺みたいな運転手に話しかける。そして一つ――
「ねぇねぇ、どれくらいかかるのかなぁ、ってミサカはミサカは足をぶらぶらさせながら窓の外を見つめてみたり」
「アー……大体3、40分ってトコか。っつーかオマエ、さっき眠いとか言ってなかったかァ? 何のためにタクシー拾ったと思ってンだ」
――客同士で盛り上がる。最初の一つ以外は大歓迎なので(変わっていく景色でそんなに退屈しないとは言え、密室で沈黙を保つのは案外難しかったりする)、俺は二人の会話に耳を傾けた。訂正。盛り上がるというほど盛り上がってはいない。妹の方は熱心に話しかけているが、兄の方はどこか生返事だ。
「普段あんまり機会のない乗り物に乗ってミサカはミサカは眠気が吹き飛ぶ大・興・奮!してみたり」
「アー、そうかよ」
「しかもしかもしかもー、あなたと二人っきりだったりでミサカはミサカはちょっとどぎまぎ緊張してみる」
「アー、そうかよ」
「畜生、こんな可愛い彼女連れてにやにやが抑え切れないぜ!ってミサカはミサカはあなたの心の声を代弁してみたり」
「ねェよ、調子乗ンな」
尤もちゃんと耳には入れてるらしく、少年(どうやら会話からするに兄妹ではなさそうだ)は女の子が会話に仕掛けた罠を軽くあしらってしまう。どうやら一枚上手なのは少年の方らしい。バックミラーに視線をやると、頬を膨らませた女の子がぶーぶー文句を言いながらもまた少年に話しかけているところだった。

 だが、10分もすると後部座席は静かになった。確認するまでもない。さっきの会話から推察するに、きっとはしゃいでた女の子の方が眠ってしまったのだろう。そこからは沈黙が続く。発進、走行、停止、その三つの音だけが車内を支配する。こうなると何と言うか……詰らない。男の方も寝てしまっているのだろうか、何だかんだでまだ子供のようだしそれもありえるかもしれない。俺は気まぐれで話しかけてみる。
「…………お客さん、寝てしまいましたか?」
「あァ?」
信号待ちの時に視線だけを後ろに向けると、ドスの聞いた不機嫌な声。しまった、視界に入れるんじゃなかった!
 そこにいたのはどう考えても堅気の雰囲気など微塵も感じさせない少年だった。髪も肌も白く、瞳だけが赤い。眉間には年中刻まれてるのであろう皺が寄っている。ギロリとこちらに向けた眼光がいかにも修羅場くぐってます的なオーラを放っていた。
 俺は黙って前を向くと、運転を再開した。いや、だってどう考えても話しかけて良い人種じゃない。今は寝てしまっている女の子はきっとかなりの大物だ。何せあの会話じゃ、こんなおっかない少年の相手をしているとは微塵も感じさせなかった。運転手は運転する機械、俺は置物――そう思いつつ、俺は車を走らせる。

 それから俺は二、三度バックミラーを直す振りをして少年を観察した。おっかないはおっかないが、かと言って放置することも躊躇われる感じだ。理不尽な怒り方はしないが、一度理屈の立った怒り方をしたら止まらない、そんなタイプ。つまり俺が何らかの粗相をしたら『オシマイ』。あと10分程度のはずの走行距離がやけに長く感じられる。俺は車道に他の車が走っていないことを確認して、少しスピードを上げた。
「……っ」
その途端、少年が息を呑む声がした。俺は慌ててバックミラーを観察する。言ってる傍からやってしまったのだろうか。だが、少年は俺の方など見てはいなかった。さっきと特に変わった様子も――あぁ。
 俺はこみ上げてくる笑いを噛み殺すのに苦労した。訂正。所詮は、とは言わないが、子供らしいところもあるモンだ。
「……クソガキ」
そう少年が呟くのが聞こえた。だが、少年は結局女の子に握りこまれた手を解こうとはせずに、そのまま窓の外を眺め始める。微笑ましいな、と思った俺はバックミラーを直すふりを続行して元の位置に戻した。
 多分、その光景が目に入ったのは偶然だ。ふと視界に入ったのは、眠っているはずの少女。だが瞼は薄っすらと開いていて、口元には隠し切れない笑みが浮かんでいた。“してやったり”――そんな表情。

 訂正。一枚上手だったのは、女の子の方だった。いつだって、男は女に弱いものらしい。


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先週はタクシーとがっつりお友達だったので考え付いた話
いい加減うちの通行止めは生活にサカザキさんの密着しすぎてますね、スイマセン!
学園都市にタクシーが走ってるかは調べてな(ry
良い子の皆、調べなくて良いからね! って言うか走ってなかったら下げるよ、この話!


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