傍らの体温がなくなった深夜、番外個体は寝返りを打った。
(ふぅん……)
離れていく足音が止まる。寝たフリをしていると、また足音は再開する。そうしてパタン、と扉の閉まる音がしたところで番外個体は目を開けた。隣に寝ていた司令塔の姿が消えている。もう暑くなってきた時分、タオルケットすら纏うのが面倒なので体温の高い子どもが居なくなるのはありがたいことだ。毎日司令塔と一緒に寝ている番外個体だが、部屋が足りないからであって自ら望んだわけではない。
(………………)
ベッドが広く感じられることに違和感を抱く。理屈の上では良いことのはずなのに、心に沸き上がってくるのは後ろ暗い気持ちばかりだ。寂しいとか悔しいとか、そういうものがぐるぐると心臓の辺りを徘徊している。そういった感情が一番大きな部分を占めるように作られているはずなのに、そういう気持ちに満たされているのは普通のことのはずなのに、酷く落ち着かなかった。番外個体は体を起こして隣の部屋を隔てている壁を見る。
 密やかな、話し声――その細かな部分を聞き取れない音声が、囁き交わされる睦言に聞こえる。
(殴ってやったら、どうなるかねぇ)
そう、考えてしまう自分を、少し嘲笑ってしまった。



 このマンションに暮らす住人の中で、彼らがそういう関係になっている、と気づいてない人間は居ないだろう。ガサツな家の主も求職中の白衣女も、アレで意外と察しが良い。それと分かってからかうこともあれば、それと分かって気遣うところも見られる。本人たちにしても、始めは隠そうとして四苦八苦している滑稽な姿も見られた第一位だったが、バレてることを悟った瞬間諦めたらしかった。
 例外は――あの子。バレるバレない以前に"そういうこと"を気にしなくてはいけない、ということに気づいていない司令塔。
(あぁいうところが、)
ガキだと言うのだ。勿論、本人なりに思うところはあるのだろう。けれどどう見ても子供の行動しか取らない彼女が"そういう"雰囲気を纏うことでアンバランスな雰囲気が生まれてしまっている。無邪気なのに時々ハッとするくらいに大人びて、明るいのに時々ハッとするぐらいに綺麗で。それを表に出すことがどれだけ危ういことなのか、分かっていない司令塔に番外個体はイライラすることがある。
(暑苦しいっていうのよ)
ソファから彼ら二人のやり取りを見ながら、ぼんやりと番外個体は思う。今だって第一位を見る司令塔の目は恋人を見る女のそれだ。彼の周りをくるくると回って纏わり付く彼女の姿は一般的に微笑ましい部類に入るのだろうが、番外個体にはとてもそうは思えない。
「気になるの?」
ふと気配がして横を向くと、ソファの隣に芳川が腰掛けていた。差し出されたカップを受け取って、一口啜る。何を思ったか中身はホットミルクで――なのに妙に苦く感じられた。
「……別に、」
気になるとか、そういうものではない。ただイライラするだけだ、司令塔も第一位も。
「そう」
ふっと笑みを浮かべた芳川は、そのまま持っている本に視線を移す。もう話は終わりらしい。番外個体は視線を戻――しかけてその動きを止めた。自分の行動に気付いて動揺する。まるで馬鹿みたいに気になっているようだ。
(…………っ、)
ぐるぐると、する。何故こんな気持ちになるのかそれが一瞬だけ分かった気がして、けれどその事実を認めたくなくて番外個体は額を押さえた。
(っ、)
と、俯いた視界が陰る。顔を上げると、司令塔が心配そうにこちらを伺っていた。
「大丈夫、ってミサカはミサカは……おーい、焦点合ってる?ってミサカはミサカは手を振ってみるー」
それがあまりにも在り得ないことに思えて、番外個体は瞬きをした。口から滑り落ちた言葉は酷く間抜けなそれだった。
「…………どうしたの」
聞くと、司令塔は不思議そうに首を傾げる。
「だって辛そうだったから、ってミサカはミサカは答えてみたり」
何を当たり前のことを、とでも言いたげな声音。スルリと落ちてきたそれは、番外個体の心の中に溶けていく。

(あぁ、そうか……)

 ふと意地のようなものが消えてしまって、ふわり、と目の前の子供を抱きしめてみる。思った以上に司令塔の体は小さかった。
「わ、わわ……っ、どうしたの、ってミサカはミサカは聞いてみる」
「別に? 貧弱な体だなぁ、って確かめただけ」
笑って体を離すと、番外個体はソファから立ち上がる。視線をやった先の第一位は我関せずを貫くようにちらりともこちらを見なかった。
(そう、)
そっちがその気なら、こっちも好きなようにする。いつまでその顔をしてられるか、試して――これまでの"羨ましい"を倍返しにしてやる。


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二人の中に入れなくてちょっと寂しがる番外ちゃん、でした
実際番外ちゃんが通行止めに対して気持ちの折り合い付けるには
まだ何段階か経る必要がありそうかなーとは思いますが
文面は敢えて割とキツめにしてますが大丈夫かしら…(;´Д`)


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