一方通行が魘されている打ち止めを見るのは、初めてではなかった。
 時々彼女は、酷く寝苦しそうにしていることがある。最初は暑すぎたり寒すぎたりするのか、とエアコンの調節をして彼女の部屋を後にしていた一方通行だったが、季節が変わった今でもその状態が変わらないところを見ると、何か他に原因があるのだろう。


「…………またか」
音をさせないように打ち止めの寝ているベッドに近づいた一方通行は、彼女の具合を確かめた。いつものすやすやとした寝顔とは似ても似つかぬ真っ青な顔で、打ち止めはぎゅっと布団を握り締めたまま寝入っている。その様子が傍目から見ても辛そうで、一方通行はため息をついた。
「なンなンだァ、ったくよォ」
文句を言うような言葉には、だけれども心配そうな声音が含まれている。打ち止めの額に手をやると、一方通行はゆっくりと頭を撫でさすった。
(……熱、)
彼女の体は熱を孕んだように熱くなっている。呼吸も浅く、引っ切り無しに息継ぎをしている打ち止めを見下ろしながら、一方通行はしばらくその頭を撫で続ける。やがて、きつく握られた彼女の拳が緩やかに溶けていくのが見えた。
「…………寝たか」
それを見届けると、一方通行はそっと立ち上がる。二、三歩進んでから、確かめるように振り返った先には、穏やかな打ち止めの寝息があった。


 そんなことが何度か続き、寝る前に打ち止めの様子を見るのが一方通行の習慣になっていった。大抵の場合、打ち止めは緊張感のない子供特有の顔ですやすやと寝入っている。魘されていることもたまにはあったが、その回数は、一週間に一、二度だったのが、二週間に一度になり、徐々に減っていった。頭を撫でるのが功を奏したのか、それとも彼女がこの生活に慣れたからなのか、打ち止めが寝苦しそうにするのは今では『珍しい』状態になっていた。

「っ……ぅ」
打ち止めが魘されているのを見た一方通行は、少し早足に彼女のベッドへ近づくと、そっとその頭を撫でる。最近ではその加減が大分分かってきて、一定のリズムで額をなぞる様に撫でると彼女が安心することを、一方通行は知っていた。
(……世話かけさせやがってよォ)
心の中で呟きつつ、一方通行は打ち止めの表情を観察する。青くなった顔の血色が少し戻り、眉間によった皺が徐々に薄れていく。ほっと胸を撫で下ろしたところで、一方通行は打ち止めの瞼が震えているのに気づいた。
(……ア、)
いつもとは違ってむず痒そうな表情をした打ち止めは、ぼんやりと目を覚ます。そのまま打ち止めは、定まらない、夢見心地のままの視線を彷徨わせた。
「起きた、」
のか、そう問おうとした一方通行の言葉は、しかしそれ以上は続かなかった。

 彼の姿を認めた打ち止めが、小さく息を呑む。
 「ッ!!」
 彼女の唇から零れ落ちた言葉にならない声――それは、悲鳴に似ていた。
 目を覚ました彼女の目に一瞬浮かんだのは、紛れもなく『恐怖』だった。


 そうして、一方通行は気づく。彼女が魘されていた悪夢は多分、否、きっと、自分のせいで引き起こされていることを。何故も何もない。そんなもの、身に覚えが有りすぎた。
 思い出すのは血と、ぼろ切れのように投げ捨てた彼女たちの身体――そして、それを笑っている自分。あの時引き裂いた肉の音や、途切れさせた呼吸や、無機質な中にも諦めを宿した瞳を、一瞬でも忘れた自分の浅ましさ。
 彼女が笑ってくれたとしても、受け入れてくれたとしても――過去は消せはしない。
 だから、この彼女の表情は、突きつけられた『現実』だ。

 知らず、一歩離れた彼に投げかけられる言葉。
「あ、あくせられーた?」
そんな取り繕うような声音など聞きたくなかった。彼女の顔が見れない――邪気のない彼女のあの笑顔が霞んで、みるみるうちにさっきの恐怖に歪んだ顔に浸食される。

 あぁ、多分――これまでが夢だった。
 幸せで、温かくて、覚めれば粉々に壊れてしまう――そんな儚い夢のようだった。



***



 ほんの一睡、していたようだ。一方通行はぼんやりと辺りを見回す。殺風景ないつもの部屋に、彼は安心しながらもため息をついた。そうだ、もう彼女から離れて随分経つ。悪夢を見なくなった一時期を経て、今は眠りは幾分浅い。最近はただ夢と言ったら彼女が思い出されるばかりで――でもそれはいつも歪んだ表情の彼女で終わる。
(…………)
 時刻は丑三つ時。学園都市ではもう大分人通りもなくなる時間帯。
 一方通行は体を起こしてふらり、と外へ出た。頭から消すことの出来なかった、しかし一度も辿ったことのない道を、彼は何でもないように歩く。あの信号を左に曲がって、コンビニの脇の道を進んで――そうして、気がつけばあのマンションにたどり着いていた。 見上げたその部屋に明かりはついていない。もう彼女は眠りについているのだろう。

(オマエは、)

 自分がいなくなったことで、魘されなくなっただろうか? 一片たりとも辛いことのない夢を見ているだろうか?
 いくら見上げても、想っても届かないと分かっていても、彼はしばらくそこから動けなかった。


 願わくば、彼女には幸せな夢を――その為ならば、こんな悪夢染みた現実くらい何でもないのだから。


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甘い通行止めが多かったので、たまにはビターに行こうぜ
実際は打ち止めはもっと心が広いと言うか、BANBAN一方さんを受け止められると思うので、
こんなことは起こらないと思うんですけどね


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