寂れた集落だった。否、寂れたとすら言えない。荒れている――それも人工的な荒れ方だ。どう見ても"自然に朽ちた"等というものではない。蝶番の壊れたドアに、破壊されたと思しき窓。それでもこれまでに見た他の家より随分マシだった。何せ部屋の中は何とか雪が積もらずに済んでいる。
(……埃が積もってねェな)
一方通行は一通り部屋を調べ終わった後心の中で呟いた。人の気配のない家だが、少なくとも一週間前には誰かしらが生活していたのだろう。キッチン下の収納を見てみれば、賞味期限の心配など特に要らない缶詰がずらりと並んでいた。冬に備えて貯蓄していたに違いない。
 一方通行は後ろを振り返る。セーターの上にコートを重ね更にその上にマフラーを巻いて帽子を被った――妙にモコモコとした格好の少女が目に入った。まだ少し熱っぽい子供に自分がさせたことではあったが、あまりにも着膨れし過ぎていて、少し噴き出しそうになる。
「オイ、クソガキ。何か食いたいモンあンのか?」
「ふぇ? いきなり言われても、ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
目を白黒とさせた打ち止めは、一方通行のいるキッチンへ寄ってきてちょこんと隣に座る。一方通行がしているのに倣って床下収納を覗き込んだ彼女は、複雑そうな顔で缶詰を眺めた。
「缶詰って冷たいよね、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり」
「…………まァな」
追っ手のかかっている二人には、温かい食事を提供してくれる宿やレストランなどは使えない。それでも最初の頃は屋台で買った温かいものを食べられていた。だが都市を離れて移動を始めた二人に残されていた手段は携帯食程度。温かい食事に餓え始めていたのは確かだ。
「まァ缶詰が元でもよォ、なンか作れンだろ」
「そうかな?ってミサカはミサカはあなたを疑いの目でじーっと見てみたり」
打ち止めが唇を尖らせながら一方通行を見上げてくる。出会った最初から朝食を冷凍食品で済ませようとし、それが無理ならファミレスに出向き、と一方通行に料理スキルがないことは打ち止めに悟られている。その抗議の視線を無視して、一方通行は並ぶ缶詰を調べながら言う。
「取り合えずやってみねェとわかンねェだろォが。で、なンか食いたいモンねェのかよ」
「温かければ何でも!ってミサカはミサカは、わわっ!」
缶詰に手を伸ばそうとしてバランスを崩しかけた打ち止めの体を咄嗟に左手で支えると、一方通行は窓の外を見た。雪は相変わらず降り続けているが、それでも猛吹雪というほどではない。
「取り合えず火ィ使うのは却下な」
「え!? それって全く温かくないよ!? ってミサカはミサカは断固! 抗議の声を上げてみる!」
打ち止めの不満そうな声を心からシャットアウトして一方通行は缶詰に手を伸ばした。


「…………悪かったな」
結局いつも通りの冷たい食事で終わってしまったことについて一方通行がようやく謝罪を口にしたのは、やることがなくなって寝袋に潜り込んでから暫くしてのことだった。試行錯誤してどうにかして温かいものを作ろうとした一方通行だったが、火が使えない時点で手詰まりだったと言って良い。結局電気が通っていないことが判明したところでチェックメイトだった。
 打ち止めは寝袋から出した顔を一方通行に向けて言う。
「火使うと見つかるから仕方ないよ、ってミサカはミサカは呟いてみる」
子供の癖に、打ち止めは何だかんだ言っても聞き分けが良い。それが彼女の置かれた状況に起因することくらい、一方通行には良く分かっていた。
「そォじゃねェよ」
「?」
「オマエ、ホントは……アイツ等が作ったモン食いたかったンだろ」
「………………」
「悪かったな」
強引に連れてきて、と言外に匂わせて一方通行は呟いた。
「そっち行って良い?ってミサカはミサカは聞いてみる」
「あァ?」
答える前に、するりと小さな子供の体温が寝袋に潜り込んでくる。今までに何度かあったことなので、早々に一方通行は打ち止めを追い出すのを諦めた。外には雪が降り積もっていて、気配も息遣いも二人分しかない。この部屋を支配しているのは、四人で暮らしたあのマンションが同じ地上にあると信じられないほどの深い深い静謐だった。
「あのね……ミサカは寂しくないよ、」
ホントだよ、と打ち止めは続けた。それは熱に浮かされた彼女が目を覚まして最初に言ったのと同じ台詞だった。"あなたがいるから寂しくないよ”と。けれどこの状況が最上ではないことくらい、打ち止めにだって分かっているだろう。一時的とは言え、どうしても選ばなくてはならなかったから一方通行を選んだだけで、本当は彼女だって全てが揃っている方が良いに決まっている。

 何の罪もないこの子供は、それでも温かい食事や温かい家族を、置いていかなければならなかったのだ。

「……さっさと終わらせて戻ンぞ」
「……うん、ってミサカはミサカは頷いてみる」
頭を撫でてやると、腕の中の子供は目を閉じる。その温もりを感じながら、一方通行も目を閉じた。せめて夢の中では、彼女が温かい家族に包まれているように願いながら。


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缶詰しか食べてない打ち止めとか可哀想過ぎる……
原作一方さんは普通に甲斐性あるから、ちゃんと温かいもの食べさせてあげてると思います
21巻では通行止めに会話があると信じてます……かまちー頼む!
ちなみにweb拍手お礼はシモネタ注意……ごめんなさい


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