「……およ、っとミサカはミサカはあなたの不機嫌そうな顔に首を傾げてみる」
「オイ、理由わかンだろォが。とぼけンじゃねェ」
自分でも不機嫌な顔をしているであろうことが分かった。一方通行は、はぁ、とこれ見よがしなため息をついて、打ち止めを見下ろす。リビングでゆっくりコーヒーを飲んでいた一方通行の寛ぎタイムをぶち壊したのは、何を隠そう目の前の打ち止めだった。この『クソガキ』が風呂上がりなのに勢い良く抱きついてきたので、たっぷり水を含んだ彼女の髪から水滴を大量にプレゼントされたのだ。  眉間には酷く皺が寄っていると思うが、一応言い分があるなら聞いてやろう、と一方通行は、で、と打ち止めに説明を促した。打ち止めは、あわあわしつつ口を開く。
「わ、悪いのはあのドライヤーだもん、ってミサカはミサカは猛抗議してみ、わぷっ」
聞く価値なし。取り合えず頭にバスタオルを被せて余計な反論を封じると、一方通行は少し思案した。今日最後に風呂に入ったのは打ち止めなので、もう風呂場には誰もいないはずだ。間違っても、どこかのラノベの主人公みたいに、風呂場で裸でドッキリ的なシチュエーションに陥ることはないだろう。
 一方通行は件のドライヤーを取りに行くことにした。バスタオルで髪の水分をふき取るにはやはり限界があるからだ。
 ちなみに、世間ではわざわざ誰かの髪を乾かしてやる行為を『過保護』の一種として扱うが、一方通行はそれに気づいていない。

「っ、」
頭から垂れてきた水が視界を邪魔する。一度は拭って何とかした一方通行だが、水滴は後から後から滑り落ちてくる。
(めんどくせェが、先に乾かすか)
一方通行は洗面台までたどり着くと、ドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かし始めた。
「つッ」
頭皮にドライヤーを近づけすぎると火傷をする――その加減が分からず、一方通行はこういうミスをしてしまう。昔は能力を使って水分を弾けば済んだものだが、今ではこのザマである。
(チッ……)
時々、こういう些細なことが“能力が不自由になった”自分を思い出させる。それを、どう考えれば良いのか、一方通行にはまだ気持ちの整理がついていない。
「……こンなもンか」
髪を乾かし終わると、一方通行は軽く頭を振った。



 打ち止めを大人しくさせるのは一苦労だったが、いざ大人しくなるとそれはそれで何だか落ち着かない。打ち止めは小さなその体を一方通行に預けていた。髪を乾かすためにはもたれ掛かられると困るのだが、打ち止めは一向にそれを理解する様子がない。一方通行は仕方なく、打ち止めの頭を少し乱暴にわしわしと扱う羽目になる。それでも、打ち止めは特に文句を言わない。
(……こンな無防備でイインか、このクソガキはよォ)
もちろん、良いわけがない。一方通行は半分呆れながら、そしてもう半分は戸惑いながら、打ち止めの髪を乾かし続ける。時折、少し強めに手を動かしても、打ち止めは気持ち良さそうに目を閉じたままだ。

 こんな風に、一方通行に全てを委ねている打ち止めには、一方通行に対する一切の邪気がない。
 たとえ乱暴に扱ったって、突き放したって、彼女は多分、
 ある時は笑顔で、ある時は怒って、ある時は諭すように、ある時は許すように――
 一方通行の全てを、受け止めるのだろう。

「……なンか喋れ」
「え、いきなり命令形?!ってミサカはミサカはあなたの横暴さに呆れてみたり」
目を開いた打ち止めが、びっくりした顔で一方通行を見上げる。その表情に少しほっとしながら、一方通行は首を振って打ち止めを促した。打ち止めは、うーん、と一頻り困った様子で唸った後、ふっと目を閉じて、一方通行にまた体を預けてくる。その行動に一方通行が面食らう前に、打ち止めの言葉が聞こえた。
「人の手って、気持ち良いね、ってミサカはミサカは呟いてみる」
「あァ?」
彼女の髪を触っていた手をくしゃり、と止めて、一方通行は聞き返す。打ち止めは少し考え込む様子を見せた後、小さく頭を振った。
「違うかも、ってミサカはミサカは言い直してみる。あなたの手がやさしいからだね、ってミサカはミサカは大満足!」
勢いの良い言葉だった割に、振り向いた打ち止めの顔は穏やかだった。

 その穏やかな表情が、その預けられた体が、その触れる温もりが、その全てが表すのは――一方通行への、信頼。

「オイ、クソガキ」
「誰のことかわからない、ってミサカはミサカはつーんとしてみる」
「………………打ち止め、」
呼んでから、(便宜上としか言えないようなものだとはいえ)彼女の名前を口にすることがあまりないことに、一方通行は気づく。それが何故なのか、意識してのことなのか、一方通行には分からなかった。
「なになに、ってミサカはミサカは振り返ってみたり」
すぐに嬉しそうな顔をして振り返った打ち止めに、一方通行は言う。
「…………俺のことなンか信用してンじゃねェよ」
「どうして?ってミサカはミサカは聞き返してみる」
ぱちくり、と瞬きをした打ち止めは、不思議そうに一方通行を見返した。
「あのなァ、オマエの頭ン中はお花畑かァ? ネットワークに残ってる記憶引っ張り出してみろ。俺がそンな信用できる奴なわけねェだろォが」
彼女にとって忌まわしいものであろう、その記憶について言及することに気が引けないでもなかったが、それでも言わなければならないと一方通行は思った。

 彼女が絶対の信頼を寄せるべきは、自分ではないのだと。
 こんな咎のある人間に、彼女は寄り添うべきではないのだと。

 彼女の髪を梳く指を離すのに、存外時間が掛かった。それが名残惜しさだと分からないほど、一方通行は鈍感にはなれない。そしてそれが、どういう類の感情によるものなのか、一方通行は既に知っている。彼女を介して救われようとしている、浅ましい自分を、一方通行は分かっている。
 純粋な恋情ではないからこそ、裏切れるのだと――彼女を救うために彼女を裏切ることだってあるのだと、一方通行は知っている。
「…………分かってるけど、それはちゃんと理解してるけど……今ミサカに触れてるあなたの手は、絶対にそんなことしない、ってミサカはミサカはあなたに手を伸ばしてみる」
彼女の小さな小さな手が、一方通行の手を追いかけて、絡む。見上げる瞳は、揺らぐことのない絶対の色を湛えている。
「しないよ、ってミサカはミサカは言い切ってみる」
それを振りほどくことなんて、一方通行には出来ない。何の解決にもならない彼女の言葉を否定することが出来ない。それが単なる問題の先送りだと分かっていても。
 何も言えずに見下ろした腕の中、分かってるよ、と小さく彼女は微笑んだ。


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このお話の通行止めは、一方さんにとっての打ち止めは救いを求めるための相手って感じです
恋愛じゃない&救いがなくてお互いに片思いな通行止めも大好きだぜ
……趣味全開ですみませ(ry


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