目が覚めると、頭がガンガンした。体はだるく、腕は重い。所謂、風邪の症状だ。
 一方通行は二、三度瞬きしてから、めぐりの悪い脳を無理やり働かせる。ぼんやりと見上げた天井には、外から入ってくる光が描いた窓の形が映っていた。ぼうっとしているとすぐにそういう関係のないことに意識が向いてしまう。
(……こういう時は、どうすンだったか……取り合えずアレだ……アー、……水分だ)
起き上がろうと体に力を込めるが、熱を孕んだ体はなかなか言うことをきかない。普段の倍以上の時間をかけて起き上がったところで息が切れた。どうやら相当参っているらしい、ということを、ぼんやりと一方通行は認識する。
「あー、起きちゃった?ってミサカはミサカはあなたに駆け寄ってみる!」
ばたん、という音と、とてとて、という音が聞こえて、気がつくと、目の前に見覚えのある茶色の瞳が揺れていた。一方通行の視界いっぱいに打ち止めの顔が広がっている。
「っ、」
近い、と言おうと思った声は、がらがらに枯れている。いつもは言葉よりも先に手が出ているところだが、生憎とだらりとした腕は一向に上がる様子がない。結局驚くだけしか出来なかった一方通行は、打ち止めに軽く押されただけで、またベッドへ倒れこんでしまった。
「急に具合悪そうになっちゃったから、心配したんだよ、ってミサカはミサカはあなたに体温計を渡しつつ話しかけてみる」
差し出された体温計を受け取ろうとした手は、思った高さを維持できない。一方通行の腕が下がりそうになるのと、打ち止めの手がその腕を支えたのは同時だった。
「ミサカがやった方が良さそうだね、ってミサカはミサカはあなたの体温を測るために頑張ってみたり!」
嬉しそうに宣言すると、打ち止めは一方通行の寝ているベッドによじ登ってくる。ただでさえ呼吸がしんどいのに、彼女の重みでますます息が苦しくなる一方通行だが、打ち止めはその辺りに気づく様子がない。一方通行の上に馬乗りになった打ち止めは、一方通行が着ているシャツのボタンに手を伸ばす。疲れに目を瞑ると、胸元のシャツが肌からくっついたり離れたりを繰り返すのが分かった。どうやら、体温計を脇に挟むために脱がそうとしているらしいが、寝汗を吸っていたせいか、ボタンが上手く外せないようだ。
(…………、っつーか……)
さっきから突っ込もうと思っていたのだが、なぜ目の前の彼女は、看護婦の着るような服を着ているのだろうか。それも、中途半端にひらひらしていて、動きづらそうなことこの上ない。
「む、難しい、ってミサカはミサカは困ってみたり」
しばらくして、観念したように打ち止めが呟く声が聞こえた。薄っすらと開けた視界に、困った顔で俯く打ち止めの姿が映る。普段は敢えて無視するところなのだが、熱で『その辺り』の防波堤が弱くなっているらしく、気がついたら言葉が口から滑り落ちていた。
「…………どけ……」
ゆっくりとした動作で彼女の手をどけると、一方通行はシャツのボタンに手をかけた。ただボタンを外すだけの行為にいつもの数倍の時間がかかって、それが重い頭をますます苛々させる。おろおろしている打ち止めを視界の端に収めつつ、どうにかボタンを外し終わると、一方通行は枕にもたれ掛かった。もう、指一本動かす気力がない。
「失礼しまーす、ってミサカはミサカは熱を測ってみる。何か食べたいものある?ってミサカはミサカはついでに聞いてみたり」
体温計を脇に挟んだ後、甲斐甲斐しく布団をかけたり枕の位置を直したりする打ち止め。一方通行は、熱でうつらうつらした頭を巡らせる。確か、さっきまで何かを欲してたと思うのだが、思い出せない。結局、一方通行は首を振った。
「ん、寝てた方が良さそうだね、ってミサカはミサカは体温計を引っ張り出して……うわぁ、39度以上あるよ!ってミサカはミサカはびっくりしてみたり」
(……ウルセェ……)
声を出すのも億劫だったのだが、眉間の皺が物語ってしまったらしく、打ち止めは、ごめんなさい、と謝ってきた。それに首を振って答える。さっきから、油断するとすぐに意識がぼうっとしてしまうのだ。
「そろそろ行くね、ってミサカはミサカは小さな声で言ってみる」
その言葉とは裏腹に、彼女の体が近づいてくるのを、一方通行は肌で感じた。目を開けようにもさっきから瞼が重くて――気づくと、何かが唇に触れていた。その正体を認識する前に、急に胸を圧迫していた重みが消える。打ち止めがベッドから飛び降りたのだ、ということを、とん、という音が伝えてくる。
「元気の出るおまじない、ってミサカはミサカは照れてみる」
ほんの少し目を開けて、ドアの方に視線をやると、振り返った打ち止めが珍しく照れた顔をしているのが分かった。
「……移っても、しらねェ……ぞ」
ようやく、何をされたのか思い当たった一方通行は――でも頭が上手く回らなくて、そんなごく普通の反応しか返せない。一方通行の言葉に、打ち止めは更に言葉を重ねる。
「良いよ、あなたの風邪なら、ってミサカはミサカは言い切ってみたり」

 気がつくと、部屋には誰もいなくなっていた。どれだけぼうっとしていたのか、思い出せない。一方通行は、無意識のうちに、口元に手の甲を当てる。
(……あの、クソガキ……)
 鼓動が何だかいつもより早い気がするのは、きっと風邪のせいだ。そう自分に言い聞かせて、一方通行は布団の中に潜り込んだ。



 風邪を引いた彼女を、彼が看病する羽目になったのは、また別のお話。


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……すいません、ベッタベタすぎますね
でもたまにはこういうベタなのも良いじゃない?
打ち止め風邪引き編に(いつか)続きます


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